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半生の一こま

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125.同郷人ノスタルジア(13.8.31)
 はじめまして。
 私は梓中学を昭和27年春に卒業して、松本工業高校に進学し、現在は 東村山市に住んでいる ■■ ■■■(76歳7ケ月)と申します。
 以前にも何度か貴兄のホームページを拝見して、梓村を懐かしく思い出しています。
 実は、梓小学校の校歌の楽譜を探しているのです。
 貴兄 49号の冒頭で校歌の歌詞が書かれているのですが、まさに私の記憶とまったく同じで、正しいと信じています。
  【中略】
 来月浅間温泉で、同級生が集まり喜寿の祝い会があり、この席で「梓小学校」の校歌をフルートで披露したいと考えています。
 楽譜と無縁であった人生なのですが、聴く音楽は好きです。
 耳覚えで、フルート相手に、校歌を吹いているのですが、皆さんの前で吹くとなると、正しく美しい音色を出さないとまずい気持ちもあり、楽譜を探すべく改めて"梓小学校"で検索をしてみまして貴兄のホームページにたどり着いた次第です。
 もし何か、情報がありましたら教えていただきたくお願いします。
 突然のメールにて失礼をいたしました。よろしくお願いします。 

 私は自分のこのホームページのトップページには、勝手なつぶやき集だから必ずしも反応、この分野の言葉では”レス”だろうが、は歓迎しないけれども、もし何かあったらということでメール窓口は設けてある。
 時々入ってくる。極力丁寧に対応している。

 上記メールの中にある49号冒頭とは、こんな風だった。

  「我が半生の記」の小学生時代のところに、こんな風に書いている。

校歌は、メロディーは口ずさめるのだが歌詞は不正確で、後でなんらかの形で調べようと思っているのだが、この校歌の出だしは、
「国のみつぎ(?)と梓弓、めでし(?)昔がしのばるる、今も名に負う梓村、……」
 というような調子であり、「梓弓」だけは確実に入っていた。梓弓とは梓の木で造った丸木の弓で、古事記に出ているのだそうだ。そんないわれはもちろん知っていたはずはない。なお、「梓村」のところは途中から「梓川村」となった。「あずーさがーわむらー」という調子の方が懐かしく思い出される。
 小学校は梓村立梓小学校といい、立田(りゅうだ)にあった。その後梓村と倭村が合併して梓川村となった後もしばらく梓小学校、倭小学校は並立していたが今では一緒になって梓川小学校となり別の地に移っている。旧梓小学校の学び舎は、今はその跡形も残していない。

 小学校の校歌は、活字になっているものがないけれども、不思議とメロディは全部、そして(違っているかもしれないが)歌詞の冒頭も上記のようにでてくる。

  私はこのメールでの問い合わせを受けて、まず地元に歴史資料館的な「梓川アカデミア館」なるものが、もちろん私の少年時代にはなかったが、その後できているようなのでそこにメールで問い合わせた。

 ご丁寧な回答をいただいたが、結果論としては、”梓川アカデミア館には学校関連資料は保管されておりませんでした。”だった。 

 お問い合わせの■■さんにはその旨ご連絡したら、早い対応に感謝されたものの、私としてはこの半端状態では納得がいかず、親友中の親友が地元に帰って公民館長をしているので、図々しく何とかならんかと問い合わせた。

 その結果、彼は「村史」にあるのを発見してくれて、ファックスで送ってくれた。「村史」はかなり分厚いものらしく、例のごとくページの間が真っ黒になっているが、よじれていながらも判読可能だった。
 念のために■■さんには早速受領ファックスを画像化し、メモリーを縮小化してメールに添付して送るとともに、忙しい毎日のなかでの、たまたま日常の要件が谷間の日だったので、1日がかりでワードをベースに作り直した。

 受領ファックスのものと私の作品である。

   

ワードに楽譜を一つずつ貼り付けて、作ったのでしょうか。私にはこのアイデアと根気は思いも寄りません。
 私も、自分なりに良くやったものだと思った。■■さんは、先に送ったファックス画像ですでに音楽ソフトを使って楽譜整備までできていたらしい。ワードでここまでできた、私は大満足だ。
 ■■さんはノスタルジア+フルート演奏、私はノスタルジア+歌詞確認・「信濃の国」の作詞者の作詞であることの発見・ワード技術の確認、お互いに収穫多い数日間だった。

”昨日、当地 白州町の道の駅で販売していた、新鮮野菜と梓の実家の台所にあった野菜など、詰め合わせで、宅急便にて送らせていただきました。”(■■さんは帰郷し、上京途中でメール授受がなされた)
 こういうおまけまでついた。ゴーヤなどいろいろ本当に新鮮な野菜を堪能させていただいた。 

  「ノスタルジア」
 異郷にあって離れた故郷を懐かしむ気持ち。また、過ぎ去った昔を懐かしむ気持ち。郷愁。

 なお、あえていうならばもうひとつ付録がついた。
 親友が送ってくれたファックスの左ページ下段に「川井清一郎」という文字が見える。「川井訓導事件」(本カテゴリーの第122号参照)、「臨時視学樋口長市」、村史にはどのように書かれているのか、・・・・・。



  《後日記》
 このHPを見たと言って、また別の親友中の親友が、村史はほとんどスキャンしてある、該当ページも送る、といって校歌のページを添付で送ってきてくれた。まったくヨレや真っ黒部分のないきれいな画像データであった。
 そういえばそうだった。この親友は誰よりも私のHPも見てくれている、私のだけでなく母校同期HPにリンクされている他の友人たちのHPも見てくれている。それに加えて彼も故郷の情報には歴史的から現代情報まで実に詳しく、「彼に聞けばなんでもわかる」と同期仲間間で評判だった。上記本文の経過もそれなりに意義はあったが、一番に彼に聞けばもっとスンナリ事が運んだのに、とはいまになって言えることではある。
 ともあれ、彼には校歌の次のページも送って欲しい旨返信したら、そのページとそれ以外に樋口長市が出ている他のページも送ってきてくれた。
 ひとの「繋がり」というものを痛感したひとときだった。感謝!感謝!。
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