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宗教、仏教、道元

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165.自分の機根(14.3.17)
 先日、「武蔵野大学仏教文化研究所公開講座」、25年度最後の『空と縁起ーその原点と現代的意義をめぐって』と題する東京大学教授斎藤明氏の講義を聴講した。
 25年度の6回の講義のうち、第1回の山崎龍明先生は三鷹サテライト教室での受講でいつも熱の入った、社会に対峙した講義に感銘していたので聴講、第2回の佐々木閑先生は、当時(昨年6月)熱をいれていた頃(第158号第160号第161号など)なので聴講した。しかし、今回の第6回との間の第3、第4、第5回の3回は都合などで聴講ができなかった。
 ともあれ、私の「対仏教」観は、「私は小乗的」と公言していまに至っているその大乗・小乗についての微雲がいまだ晴れておらず、一時は5〜6冊の著書を読んで没頭した佐々木閑的な考えにも、知識としてはいいんだが、と少し距離を置くようになり、やはり、部派と大乗の並列した初期仏教の時代の追求がもっと必要だ、その辺をもっと勉強したい、と考えが変化してきているのが「いま」といえる。
 「空」は大乗の最初期のもので、「縁起」はその前のブッダの原始仏教の根幹であり、斎藤先生は全く存じ上げない方だったが、「テーマ」に惹かれ、都合もついたので出席したものだった。

 今回の題目になぜ「機根」などという用語が出てくるのか。
 自分の「聞く」という能力において、呆れるほどの低さ、アーナンダの比でない低さを痛感しているからである。

 実は斎藤先生の講義に対して、「なんか散漫だったなー、掴みどころがなかったなー」、くらいの感想で帰路についた。ただこの日、なんとなくボイスレコーダーを所持していて録音をしていた。
 いつも始まる前の注意事項のときに、携帯電話の電源のこととセットで録音はご遠慮くださいといわれてい(この日はなぜかなかったが)て、まじめに守っていたのだったが、この日は、後ろめたい気持ちながら着てきたジャンバーを冷える足の上にかけ、その膝上に置いて録音させてもらったのだ。ただ印象が上記であったから、そんなに内容に期待はしていなかった。ベッドに入って子守唄にくらいの気持ちで再生し、聞いてみた。

 なんと、なんと!、私が気になっていること、私の考えと同感することなどをいっぱいお話されているではないか。
 「和辻哲郎」、「倫理学」、そして「印哲」へという東大研究室移動。このお話の過程でも、「和辻」にはそして「倫理学」には斎藤先生のレベルとは雲泥の差があるとはいえ、私の関心どころ(たとえば「おじん」カテゴリー第218号)でもあること、恐らく和辻の(流れを汲む:和辻は1960年没)倫哲研究室は、「仏教」も「西洋哲学」も勉強できるだろうからと最初に入ったこと、移った隣りの印度哲学研究室が「高崎直道」先生という著書上ではあるが私も尊敬する先生であること、・・・。
 和辻、倫理、哲学、そしてこれらとの関係における仏教、私の関心どころとキーワードが共通しているのだ!

 しかしまたその後の「勉学指向」においてもまた全く一致しているのである。
 「日本仏教は多岐にわたり、あまりにもバラエティに富みすぎて、一見するとどこが仏教的なものなのかわからなくなる、もう少し根っこの方に遡ってみて全体を自分なりに見取り図を作ってみたい」、と。
 私も、前号たる第164号からの長い空白期間は決して仏教からの関心が遠のいたのではなく、サンガ受講(別ページを設けたい)申し込み時に既に明言していた(第152号)、「日本の浄土教域を網羅的に勉強した後、再び道元に戻りたい」、のほかに前号の結論的な記述、
 [ 佐々木閑から上田閑照や黒崎宏のようなひとにより共鳴感が移りつつある、・・・。「唯識3年倶舎8年」、小乗・大乗に捉われず、倶舎、唯識、それに中観ももっと勉強したい、・・・。大団円にならないことは、私にとってかえって良し、である。] 
 もあり、冒頭部分の私の対仏教観のいまにも書いた、初期仏教、インド仏教への関心の移動中だったのである。

 ただ、ここまでは講座主題の前置き部分への共鳴を、録音したものを聞いて表明、これだけではあまりにも次元が低すぎる。これだけのことだったらページを作るに値しない。しかし私の悪癖、もうかなりページを使ってしまっている。
 「なんだ、私の関心どころをお話してくれているじゃないか」と気づいたあたりについてはページを改めよう。

 このページの書きたいことの主題は、冒頭の、[ 自分の「聞く」という能力において、呆れるほどの低さを痛感している ]、であり、加齢によるとかの言い訳よりもやはり、「能力」、「機根」の問題だ、今後の勉学においても「心して励め」のつもりで書き始めたのであったが、本論に行く前ではあるが、その一端にはなりえたか・・・・・・・・。 
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