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おじんのつぶやき



  8.仏教勉強関係覚書-Ⅲ(16.8.16)

  [仏教密教]

私にとっては傍系に位置する「密教」、「空海」などに、まだ係わっている。
 

前号までで、空海についてはひょんなきっかけから、仏教の思想シリーズ『生命の海〈空海〉』(宮坂宥勝・梅原猛)に及び、それはそれで真言密教に惹きつけられる想いは全然なかったももの、真言密教とはどういうものかという「辞書的・辞典的」に使えるような感触を覚えた。しかし、空海といえば最澄を、となるのが筋で、『生命の海』にも日本天台の祖・最澄との交流、そして疎遠になっていく過程が、サラッと書かれているが、どうも空海を贔屓目にみているという感が否めなかった。そこで、同じ「仏教の思想」シリーズの『絶対の真理〈天台〉』に及んだ。しかしこれは見当違いであって、天台智顗思想を中心にした≪中国篇≫に位置するものだった。最澄についてのものではなかった。中断して、それに代わり、あらたに『最澄と空海』(立川武蔵)を読むことにした、というようなところまで書いた。

正直なところ、その『最澄と空海』を読んだら、『生命の海〈空海〉』をもう一度読み直さなければいけないという気持ちになった。その理由としての率直な読後印象が、「密教」、「空海」に関しての事であるが、『最澄と空海』は「外から俯瞰的」にであったのに対し、『生命の海〈空海〉』は、「中から詳細」にであったからだ。とにかく「密教」というもののイメージさえ見直しを迫られる想いだったのだから。 

道元ないし原始仏教が私の集約点であることを考えれば、「密教」ないし「空海」というものを勉強するとしても、私にとってのこのジャンルは、副次的でしかありえなく、大海ともいえる仏教学を幅広く全般的に知っておきたいと思うなかでの一過程なので、当然に前者的、すなわち「外から俯瞰的」なものを求めていたのであり、いわば、客観的に知ることが必要で、宮坂・梅原のものは、前号でも著者には申しわけないが、辞典的参考書的に使おうと書いたものだった。

それにしても同じ「密教」なり「空海」を扱っていて、こうも内容に違いが出てくるものかと呆れもした。やはり扱う対象により著者の立場というものが出てしまう、ということか。宮坂そして渡辺照弘は真言宗の宗門のひと、立川は仏教学者である。

『生命の海〈空海〉』は客観性がないとはいえないし、裏切られたとはいえないものの、この大きな印象違いに戸惑いもし、今回、最澄についてもう少し知りたいという方向違いの意図で求めた『最澄と空海』が、思わぬ幸運をもたらしたことになった。

 

以下『最澄と空海』から。

「密教(タントリズム)は、仏教のみに生まれたものではなく、ヒンドゥー教、ジャイナ教においても生まれた運動である」という記述がある。これは重要であると思う。私が「密教」を知ろうとする方向はあくまでも「仏教」からの関心であったが、そのジャンルは正確には仏教の密教である「仏教密教」であった。仏教の概論的教科書ともいうべき高崎直道『仏教入門』(東京大学出版会)にも、「仏教の歴史」の章の「密教の隆盛」という項に、“聖典を「タントラ」と称し、儀軌・作法を主な内容とする、タントラはヒンドゥー教の密教でも聖典の名として使用されるので、密教を広くは「タントラ教」(タントリズム)ともよぶ、左道密教なども、むしろヒンドゥーのタントリズムの影響をうけて成立したのだろう”というような記述がある。「密教」の位置づけは、仏教と重なる部分もあるが、仏教にあらずという部分もあるということだ。


 牧伸二ではないが、”あ~あ~ん、やになっちゃた、バカバカしい”だ。
 確かに『最澄と空海』には付箋がいっぱいつけてある。しかし上部の続きは一向に進まない。これぞ、何号か前に「せめぎあう二人の自分」として書いたばかりの「受験人間根性」ではないか。もう別の本を読み進めているのにこのザマだ。

 「受験人間根性」、再録するならば、”なんとかその本の内容を総括しておきたいと考える”

 しかしもう一人の自分は、”なんのためにそんなことをしているのだ、本を読んだ、どこかに感銘した、もうそれでいいではないか、先もみえてきているのに”という。

 もう止める。『最澄と空海』も読了しているのだから、そのときそのときで得るものがあって読み進んだのだろう。感覚的になにか残っているのでもいいじゃないか。いまもう半分くらいまで読み進めた本来主題がちがう『ひろさちやの「道元」を読む』に、最澄と空海についてこんな言い得て妙な表現があった。
 ”最澄は、川の下に立って川上を眺め…いささか困難です。しかし、最澄はその困難を克服しようとする不屈の意志を持っていました。それに対して空海は、川上から川下を眺める人間です。……最澄は本質的にまじめ人間であって、自己のうちにあるマイナス要因を克服しようとします。…空海はそれに対して、人間のうちにあるプラスの要素を引き伸ばし、発展させようとします。”
 最澄と空海の決別に関して、『最澄と空海』は「八一六年(弘仁七)、空海と最澄は決別する」の記述だけ。一方『生命の海』の、宮坂の記述部分は”最澄の高弟の泰範が空海のもとにはしったことと、翌四年十一月に『理趣釈経』その他の経巻の借用を最澄が申し入れたところ、これを空海がきっぱりと断ったことによるもののようである。”であるのに対し、最後の梅原の記述部分は週刊誌的な俗的記述が延々10ページ余りある。
 また『理趣教』については、宮坂は、”人間性を大胆に肯定することを説いており、詳しくは梅原猛氏が論ずるであろう”と逃げ?られたが、梅原は、「肉体と欲望の復権」という項を設けこれも詳述している。
 『最澄と空海』は最澄と空海を論ずる前に「仏教の源流」について二章設けてくれている。天台の五時についても当然あるが、”中国の仏教徒たちが仏教の中国化の武器として「体・相・用」あるいは「理・時」の概念を駆使し”という表現にいまさらながら共鳴した。武蔵野大学の講義の「中国仏教」で法蔵の華厳五教章などを勉強したとき散々に出てきて苦労した用語だった。仏教概論ないし仏教入門となると当然その歴史は語られるのだが、中国へきての変容、そしてまた日本にきての変容、特に空海の仏教などはインド仏教からの大きなかけ離れに改めて想いをいたしたものだった。
 その他いろいろ思いだせば感想もあろうが、あえて曖昧なままでもいいじゃないか。これを総括する「ために」という「~のため」に如何にいままでの人生を苦なるものにしてきたか。

 別の本だがどこかにあった。道元の思想だ。「目的主義を捨てる、プロセスを大切にする、修行を楽しむ」。

 

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