復活

おじんのつぶやき



  70.道元とハイデガー(20.05.28)

 ルソーについてつぶやいたのがもう1年以上も前。番号は、67、殆ど進んでいない。
 三鷹での武蔵野大学サテライト教室、西洋哲学の勉強は1時限休んでしまった(ヘーゲルやマルクスあたり)が、カント、キルケゴール、ニーチェ、ハイデガー、サルトル、カミュ等々を走るように巡ってきていよいよ現代哲学に至るところまで行っていた。サルトル、カミュについては少しつぶやいた(第68号)。
 こういう流れのなかでの新型コロナウィルス騒ぎである。19年度冬学期の第3回目が中止となった。さらに20年度春学期の3回の受講料も支払済であったが中止になった。4時限分の受講料が返却された。いろいろな集まりは中止、中止、中止。まさに歴史的時点にいまわれわれは居るのである。

 さて「である」という言葉を使った。「である」「がある」。ドイツ語ではSein(ザイン)。「存在」。
 ハイデガーの『Sein und Zeit』、日本語訳では『存在と時間』として流布している。それ以外の訳はみない。
 この『存在と時間』、20世紀最大の哲学書だという。日本の哲学界でも大勢の泰斗がいるようだ。日本語訳は9種類、2013年以降でも3種類が刊行されているそうだ。私のものはそのうちの1960年代、中山元訳の上・下(ちくま学芸文庫)だ。
 木田元は岩波新書『ハイデガーの思想』はじめ多数のハイデガー関係の著作を残しているが、大学に入るまえから『存在と時間』を読みたくてドイツ語の勉強も始め、あの難解、大作を「10回やそこらできかないくらいこの本を読んできた」(『木田元の最終講義』角川ソフィア文庫1999)というし、今回「一応」通読した『ハイデガー「存在と時間」入門』(講談社現代新書)の著者である轟孝夫も、「かれこれ30年近く、ハイデガーと付きあうことになった」(あとがき)とある。全く同じ書名『ハイデガー「存在と時間」入門』に関心を持ち入手した講談社学術文庫の編者渡邊二郎も『存在と時間』の一人の訳者であり、日本哲学会会長も務めた西洋近現代哲学、現象学で有名な学者のようだ。
 このように何十年もハイデガーと付き合っているひとと、ほんの数か月の付き合いの私と対抗できるわけがない。
 ただ、ルソーのとき、またカミュのときのように、ハイデガーは私には断片的に気になる哲学者にはなっている。

 今回つぶやきたい点は以下である。
1.ハイデガーとナチス
 この点は、「こんな大哲学者でも」と思う気持ちはヤマヤマだが、どんなテキストを読んでも確信犯であったようなので、人間的希望と哲学の内容は別だと自分に言い聞かせるしかない。
 マキャベリあり、ホッブスありといえどもそのようなひとたちは陰に隠れてしまい、あるいはルソー、ニーチェのようなひとたちも陰に隠れてしまい、概して哲学者・思想家は人間的に尊敬以上の想いを持ってしまう。田舎での少年期に、”あの人はどこそこの学校の「先生」だよ”と得意げに都会からきた友達と話していたら、正確な表現は忘れたが、”先生だって一人の仕事人だよ”的に一言のもとに、こちらの「得意」顔をへし折られたことを思い出す。当時の田舎に於いては、学校の先生、警察官などは大人・子供を問わず「様」「様」だったのだ。それと同じ、「こんな大哲学者でも」というところにすでに先入見が紛れ込んできているのだ。
 それでも一方に、ルソーは『人間不平等起源論』、ロックは『寛容についての手紙』、カントは『啓蒙とは何か』『永遠平和のために』というように哲学的主著とは別に社会に対しての自分の姿勢を表している。これらと哲学的主著との関係は繋がりにくい。研究成果の哲学と個人の信条の違い、ハイデガーのナチスへの傾倒もこれと同じか?‥‥・。でも、それでも容易に「納得」の域には至らない。

2.固有な述語の駆使
 通読した『ハイデガー「存在と時間」入門』ではなく、同名の渡邊二郎編のなかに、ハイデガーが、”きわめて固有な、比類を絶した言語を駆使”、”新しいドイツ哲学の術語を数多く案出”、”(冗談まじりに、)ハイデガーを読むには特別のハイデガー用の辞典が必要” などと書かれている。
 ちなみに日本語訳(私は大学の第二外国語はドイツ語だったが、全くものになっていない)で、Dasein は「現存在」でほぼ統一されているようだが、das Man は、轟は「ひと」、細谷の訳では「世間」、渡邊の本では「世人」、まあこれらは日本語に訳すときの心遣いの必要性を感じるところだが、ドイツ語を駆使できる人にとっては、いまやハイデガーによって一般化されたかもしれないが、In-der-Welt-sein 、Da 、Verfallen  ・・・・、それまでにない使われ方をしたようだ。
 脱線するが、 Verfallen 、私が見た限りのテキストではどれも「頽落」である。ハイデガーによる現存在のあり方の状態表現をドイツ語でこの Verfallen とするのはよいとして、私は「頽落」を、国語辞書(旺文社、三省堂)、広辞苑(シャープ電子辞書)、大辞林(シャープPapyrus)で調べたが、どれにも載っていなかった。大学時代使った(昭和39年第3刷)独和辞典のVerfallen の項にもこの「頽落」という単語は出ていなかった。権威ある方にお聞き(メール)したところ、ハイデガー独特術語で一般的でない、小学館の国語辞典には載っている、とのこと。何十回とみたこの単語が広辞苑、大辞林にも載らずに横行していることに不思議さを覚えた。

 脱線したが、私が「独自の言語表現」に関してすぐに連想されてくるのは道元なので、やっと主題になる。
 主著『正法眼蔵』の諸巻の名前をみただけで初めて道元に接するひとは「こりゃなんじゃ?」となる、いわんや内容になればその思いはもっと多々だろうと思う。
 『正法眼蔵』第一の「現成公案」、公案は固有名詞としても、「現成」は頻出する。巻名を見るだけでも、一顆明珠、海印三昧、空華、行持、恁麼、古鏡、有時、全機、都機、画餅、・・・・・
 七十五巻本であれ六十巻本、九十五巻本であれその内容はみな通俗的言語表現では伝えきれない、その言語表現以外によりどころがない、というような「自己と世界の真相」を他者(弟子たち)に知らせることに全力を注いで執筆したものである。
 仏性、因果、空、無常などの仏教の通常のテーマにとどまらず、真理、存在、認識、言語、時間等々、まさに「哲学」である。
 しかし難解である。ハイデガーがドイツ人にとっても難解といわれたのと同じである。
 こういう道元の文体の特徴的部分を頼住光子は「シリーズ・哲学のエッセンス『道元』」(NHK出版)で、『正法眼蔵』「古仏心」巻の次の個所を引用して言及している。

 このゆゑに花開の万木百草、これ古仏の道得なり、古仏の問処なり。世界起の九山八海、これ古仏の日面月面なり、古仏の皮肉骨髄なり。さらに又古心の行仏なるあるべし、古心の証仏なるあるべし、古心の作仏なるあるべし。仏古の為心なるあるべし。古心といふは、心古なるがゆゑなり。心仏はかならず古なるべきがゆゑに、古心は椅子竹木なり。  (水野弥穂子校注、岩波文庫『正法眼蔵一』による、頼住とは句読点が多少異なる)

 確かにこの難解さの原因としてまず一つに、「公案」(優れた禅僧の言葉や行為)が関係している。花開や日面仏月面仏、皮肉骨髄、椅子竹木などだ。公案は辞書に出ているはず、ここでは省略する。
 二つ目に、行や証、それから九山八海などの仏教の用語。「仏教」というとき、相対するひとが”葬式仏教”しか連想できないような状態だったら先へ進めないが、ともあれ、教理学で理解している仏教と一般に理解されている仏教との間の大きなギャップは意識しつつも、教理学寄りの仏教、インド哲学思想に端を発した、私にとっては宗教より哲学・思想である。

 ハイデガーでいうならば、アリストテレスをはじめとする哲学背景、それに轟曰くのキリスト教神学背景というところだ。
 現代語訳をみてもさっぱりわからない。わかろうと考えることさえ諦めているくらいだ。

 難解さとはちょっと違うが、道元の文章の三つ目の特徴、古、仏、心が一字でもそれぞれ意味を持たされて使用されているばかりでなく、縦横に組み合わされて使用されているということである。この例については各巻のなかで頻繁にみられ、残念ながら内容でなくて「形」なのだが、道元の言語表現として第一に気付いたことであった。

 「古仏心」巻は武蔵野大学サテライト教室での中野東禅師の講本としてはまだ取り上げられてはいない。平成23年度上期から受講を始めた中野東禅師の『正法眼蔵』を主とする勉強はもう10年弱となるが、いま相当に溜まった講本を開いてみても全く解らない、そして上述したように「解ろうとすることさえ諦めて」いる。せいぜい、私が道元の言語表現の特徴として気付いた語の解体や縦横な組み立ての例だけでも拾ってみようと取り出したがそれも諦めた。
 さあこれからという若い研究者の立場ならいざ知らず、先の長くないわが身にとって、この講座は師のそのときその時の解説にうなづき、笑い、・・・していれば良し、と達観しているつもりだ。

 最近の私のこころの状況は、一方ではアマゾンでハイデガーや哲学、道元関係関係にアクセスする、そういうさらなる「修学思想」、しかし迷う、他方でこの歳、「断捨離」、このプラスとマイナス方向へのトレンドの葛藤だ。アマゾンからのメール、「お客様におすすめの商品があります」にはハイデガー本が並んでいる。渡邊の本もまだ読み終わらないのに気持ちの持ちようではまた注文してしまいそうだ。
 新しい本を買うより今ツンドクになっている本を読め!、私のなかの多面的人間像が言い争っている。

 

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