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おじんのつぶやき



  63.前号の補足〈その後〉(19.01.20)

 まず前号(第62号)の冒頭を示しておこう。フォントを替えておく。

 朝日新聞1面下の書籍広告で『自民党という病』を見つけアマゾンにて購入したことは前号で書いた。(同じ出だしだ)
 当然注文は1冊では済まない。同時に注文したのは、今までの『…という病』が、自覚的に「左寄り」なので、敢えて反対寄りであることが明白な『「反安倍」という病』八幡和郎(ワニブックス)、それと前から少し気になっていた「あの」望月衣塑子と南彰の共著『安倍政治100のファクトチェック』(集英社新書)、養老孟司『超バカの壁』(新潮新書、なおアマゾンで選ぶとき『バカの壁』のつもりであったが、“超”がついた方だった)の計4冊注文した。


 どうも『自民党という病』は相当に欠本となっているのか第2版をまっているのかまだ未着で、あとは受領した。

 『「反安倍」という病』、あきれてしまう低級内容だ。副題が「拝啓、アベノセイダーズの皆さま」


 という書き出しで、以下、『「反安倍」という病』の暗澹とした気持ちでの感想、そして次に『安倍政治100のファクトチェック』で、こういう知見が浸透しない現実の危惧の感想を書き、そのあと、養老孟司の『超バカの壁』、『無思想の発見』などから、明治維新という事象の意味について、靖国問題、戦争責任問題等への考え方、そして最後に、「都市化という病」(これは私の感想というか実感的表現で、私の造語である)への共感を書いたのだった。“「自然が失われていく」ことが「こころの豊かさを奪われていく」ことと同等だったから”、という想いをこめて。
 最後に、『国際政治による「幸福追求に対する国民の権利」』という講義が、私の思っている「経済の発展は無くてよい、幸福度・しあわせ度の向上が必要」に符合しそうなので受講する、という内容であった。

 今号はこの続編というか、補足というか、……。
1.『自民党という病』到着・感想
 もう年を越そうかという12月31日に届いた。注目を浴びて第1刷が追い付かなかったのだろうか。第1刷が2018年11月15日で、第2冊が、2018年12月19日となっている。第2刷で漸く間に合わせたのだろう。
 ともあれ、この本、『「反安倍」という病』ほどに見下したくなるようなものではなかったが、正直なところ「期待」からはちょっと外れていた。佐高信と平野貞夫という人の対談集で、佐高信はまあそれなりに知っている人だったので期待してのものだったが、平野という人は衆議院事務局を長く経験、参議院議員も1期やって、政治の裏側を見続けてきたという立場からの政界秘史の暴露対談であった。平野という人が小沢一郎シンパであることはよいとして、そして、中身にも“ああそういうことだったのか”とというような新知見をもたらしてくれて今後も「参考書」的に見る機会はあるかもしれないと思わせてくれることもよいとして、何故私の「期待」からちょっと外れていたか、……。

  つらつら考えるに、「哲学」がない、ではないだろうか。そしていかに「私が」、哲学を愛しているかを自覚させるということではなかったか。「哲学」そのものが「知」を「愛する」なのにその「哲学を愛する」とはトートロジーだとも言われようが。
 ともあれ、この本は、局所の超低空飛行観察であって、「株式会社という」、「経済成長という」、「グローバリズムという」、さらには「アメリカという」とか「都市化という」というような空間的・時間的に俯瞰されて「病」が描かれている光景とは全く違っている。 
 知見のレベルとしては低いというか、信念を持つに至らず次の「愛知」(もっと勉強しようというような意欲)に繋がらないような気がする。

2.『国際政治による「幸福追求に対する国民の権利」』という講義受講
 武蔵野大学三鷹サテライト教室での生涯学習講座「しあわせを考える」の4つある1回講座の一つである。他の3つは、「エコロジーの視点でしあわせを考える」、「むさしのIPEがめざす“しあわせ”のカタチ」、「文学からみるしあわせのカタチ」。武蔵野大学社会連携センターも苦労して講座企画をしているようだが、このシリーズ企画に関しては案内の位置が悪かったと思う。中面は全体的に千代田サテライト教室の講座案内なのに、そこに「武蔵野大学しあわせ研究所特別講座」として千代田が3講座、三鷹が4講座載せられている、という状況。千代田は嫌(私もそのひとり)という人は初めから見ない。 
 ともあれ、受講者は3人。50人定員講座をする大教室から小教室に変更。それでも先生は壇上からではやりにくい。最前列机脇に椅子を下ろしての全4人の90分だった。講師はオーストラリア出身、ドナ・ウィークス(Donna WEEKS)氏。武蔵野大学の国際センター長にして法学部政治学科の女性教授。
 私がこの講座を他の講座とともに申し込んだきっかけは、講座詳細(サテライト教室にある)の内容に、“ブータンの国民総幸福量(GNH)や国連の幸福度ランキングを紹介し……”、とあったからである。幸福と豊かさは違う、GNP信仰・成長率信仰には常々もう転換すべき時期、その他いろいろな連携する想いがあってのものだった。

 国連のランキングでは北欧の諸国が上位にあり、日本は53位とか54位という位置。アメリカとか中国とかがトップテンに入っていないから必ずしも経済力一辺倒ではなく信用や安全や民主主義、自由、バランス等が、あるが「WEALTH(豊かさ)」も当然ある。一方ブータンのGNHはランキングはないが、「豊かさ」はない替わりに「満足度」、「精神面」、「自殺について」、「環境に関する教養」、「文化リテラシー」、「信用感」ということだ。
 90分の講義や対話などは哲学的ないし政治学的なことが多いに含まれていたのに、事後にいただいたOHPコピーではその感動が蘇ってこない、逆にOHPコピーでは疑問、質問したい点が沢山ある。あのOHPを使って講義されていたはずなのになんとなく生煮えだった。OHP内容以外で話されたことがよかったのだろうか。哲学的な部分に感じたと思う。
 最後に、どんな繋がりからか、1冊の薄い岩波文庫を手にして、“カントの本は日本語の方が判り易い、カントの原文は判りにくい”、とつぶやかれた。繋がりも判らないが、カントの本は3批判書も上・中・下ないし上・下など分厚いのにあの本はなんだったのだろうか、などいずれにしてもこの講座、中途半端感を免れない。
 講座詳細の内容欄に、参考図書:『幸福の哲学』岸見一郎、講談社現代新書、とあったので帰途書店に直行、購入した。

 三鷹での別の連続講座【西洋哲学への森へ】の関係と併せ、頭の中がごちゃごちゃになっている。 
      

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