復活

おじんのつぶやき



  62.「都市化という病」(18.12.23)

 朝日新聞1面下の書籍広告で『自民党という病』を見つけアマゾンにて購入したことは前号で書いた。(同じ出だしだ)
 当然注文は1冊では済まない。同時に注文したのは、今までの『…という病』が、自覚的に「左寄り」なので、敢えて反対寄りであることが明白な『「反安倍」という病』八幡和郎(ワニブックス)、それと前から少し気になっていた「あの」望月衣塑子と南彰の共著『安倍政治100のファクトチェック』(集英社新書)、養老孟司『超バカの壁』(新潮新書、なおアマゾンで選ぶとき『バカの壁』のつもりであったが、“超”がついた方だった)の計4冊注文した。

 どうも『自民党という病』は相当に欠本となっているのか第2版をまっているのかまだ未着で、あとは受領した。

 『「反安倍」という病』、あきれてしまう低級内容だ。副題が「拝啓、アベノセイダーズの皆さま」

    内容紹介を文字でするのも面倒なので目次を画像化(左図)した。

 著者の八幡和郎というひとは、政治評論家/歴史作家、徳島文理大学教授。
 東京大学法学部卒ということだが、「東京大学」という語は田舎出の私にはどうしても特殊な響きを感じさせてしまっていたものだが、ここにきてかなり考え方が変わりつつあり、また偏見的劣等感も意識的に変えなければいけないとも思っている。東大がなんだ、である。

 とくに、内田樹(氏も東大出だが)、の『ためらいの倫理学』中にある「自由主義史観について」の項を読んでいくと、内田が、彼の著書『汚辱の近現代史』(徳間書店)を読んで、“いささか暗澹たる気分で本を閉じた”とある。この著者が東大教授だというのだ。
 『汚辱の近現代史』を私が読んでなくて論評するのも難はあるかもしれないが、内田が所説要約、解説している限りにおいて、その内容には“暗澹たる気分”どころか、“嘔吐”さえ感じる。内田は巻末の解題的あとがきにも、「どうしてこういう人が東大教授になったり、ある種の思想運動の指導者になれたりするのか不思議だ。日本というのもディープな国である。」としている。
 微妙だが、私なら「…不思議だ。」で止めてしまうのに次の一文が付く、ここが内田の大きさだ。

 左の本は、これに比べると「軽い」。大きな字で300ページ弱だが1時間で通読でき、あまり出入りのない位置の書架にもう収まってしまっている。
 “あっそう、あっそう、表面しかみていないね。産経・読売だね。ウラをみるとか時間的・空間的に俯瞰的な見方がされてないね。”

 『安倍政治100のファクトチェック』、これは網羅的に読む本ではない。
 それにしてもひどい。こういう事実知見がなかなか国民のなかに浸透しない、こういうことは内田とは別の意味で「…不思議だ。」で止めてしまわず小さいながら対応が必要だ(本日は当市の市議会議員選挙だったが、地方自治体においても、小金井市議会が、普天間飛行場代替施設の必要性を全国で議論し、必要なら沖縄以外に建設地を決めるよう求める陳情を採択した、というような取り組みが全国に広がることを期待したいものだ、そういう公正かつ民主的な手続きで問題を解決しようという姿勢がみえる候補者に投票した)。

 『超バカの壁』、頭書のように『バカの壁』を買うつもりだったのに“超”がついた方だった。
 “超”がつかない方も、また『死の壁』も後日古本屋で入手できるだろう。
 『無思想の発見』は、はじめから自分で書いた文章で、これは話をしたことから書き起こされたものだという。
 「ものの考え方、見方」を、『バカの壁』、『死の壁』、そして本書『超バカの壁』まで違う例題で述べているつもり、とあるから、当面、本書のみから感想をメモッておこう。

1.明治維新という事象の意味について
 仮説であって、深く吟味しての感想ではない。白井聡の『永続敗戦論』は、「戦後日本は、第二次世界大戦における敗戦の事実を曖昧にすること、より正確にいえば、敗戦の帰結をできる限りうけいれないことを、支配体制の核心的本質としてきた」(p11)として「戦後」について論じたものだが、ある意味、言っていることは、戦争があっても戦前・戦後は繋がっているとも取れ、前号でも書いたが、内田樹は、明治維新までは華夷秩序、その後150年はアメリカ秩序(そういう言い方はしていないがそうも取れる)と、明治維新に大きな転換点をみている。養老孟司にも明治維新を大きな転換点と取る見方が散見される。
 “そもそも自分というもののとらえ方が西洋人と日本人とでは違います。かつての日本人と明治以降の日本人は違うといってもいいでしょう。”(p36)
 “日本人が「私」という言葉を「自己」という意味にしたのは明治以降です。そこで日本の「私」と西洋の「個人」が混同されてしまったのです。”(p46)
 『無思想の発見』でも、“明治維新以降の日本の変わり身の早さ、それは同時代のアジア、中国や……。それを基礎づけているのは「思想がないという思想がある」という、真空原理であるというしかない。”(p92)
 この『無思想の発見』の、p92前後の記述はなるほどと思う。空、カラだからなんでも受け入れられる。養老は明治維新を表面の転換点とはみているが、さらに俯瞰的に、日本の「無思想という思想」体質は変わっていない、日本の一種のアイデンティティーだといっているかに思える。これは内田の『日本辺境論』にも通じるように感じるのだ。

2.靖国問題、戦争責任問題等への考え方
 この件は内田はかなり論じている。それに対しては養老はちょっとちがうなーと思うところはある。例えば養老は、靖国問題では“すっきりしなくていい”、とか“中国、韓国は放っておく”(p116-117)、戦争責任問題では、自分も戦争の被害者だとして、“中国、韓国が被害者だと延々と言い続けるのも仕方がない、しかし”、とその先は“あなた方の損になるのですよ”だ。
 養老と内田は年代が違うこともあり、養老は自己の戦時経験も重ねてしまっている。内田はもっと、いわばメタファー、内からではなくこの戦争の動向を、宇宙からみて論じているように見える。
 人間個々人はみんな違っていいわけで、懇意のようだからといって、同じ考えだと決めつける方が愚だろう。

3.「都市化という病」 … 最もこの本から共感が得られたこと
 上記2で養老が自身の体験が想いに重なってしまうのと同様、私の体験が多分影響してしまうのであろう。「…という病」の主語に「都市化」を置いて、養老の脳内知見を本にしたら平川克美のシリーズに匹敵する著書が必ずできそうだ。
 私は第60号で、『株式会社という病』の中の一部を評して
 “零細工場と零細農家の違いはあったものの、私の故郷の、「土地構造改善が行われる以前の状況」を彷彿させるものがあった。”、と書いた。この『超バカの壁』には関係すると思われる次のような記述がある。抄引用例でもっとあると思う。

 “少子化と都市化は一体の問題です。……。都市化ということは、根本的に子供を育てることに反するからです。子供は自然です。そして都市化するということは自然を排除するということです。…”(p73)
 “仮に戦争よりも阪神淡路大震災のときの方が被害者の心の傷が大きかったとしたら、…伝統的な考え方がかわってきたのかもしれません。それはつまり都市化が進んだことと関係があります。都市の人間は、物事を人のせいにしなくてはおさまらないものなのです。……。日本人は水に流すという知恵を忘れてきたようです。”(p128-129)
 “人のせいにする傾向というのは都会になると強くなります。…田舎ならば道を歩いていて石に躓いて転んだ場合、注意が足りないと怒られるのが関の山でした。これが銀座だったらこんなところに石を置きやがって、訴えてやるとなる。”(p137)

 子供の問題、心の問題、人間関係の問題から摘出しました。まさに実感です。私もこのHPでの旧サイトで少年時代までを懐かしむ記述を数多くしましたが、単に「懐かしむ」ではなく、「自然が失われていく」ことが「こころの豊かさを奪われていく」ことと同等だったからです。
 『ローカリズム宣言 -「成長」から「定常」へ』内田樹(deco)、『「農業を株式会社化する」という無理』内田樹・平川克美・養老孟司ほか(家の光協会)、『人口減少社会の未来学』内田樹編(文藝春秋)、『移行期的混乱』平川克美(ちくま文庫)が手許にある。これらから「都市化」による問題点を繋ぎ合わせればまさに『都市化という病』だろうと考える次第だ。

 来期の武蔵野大学特別講座で全1回の講義だが、『国際政治による「幸福追求に対する国民の権利」』を受講する。ドナ・ウィークスというオーストラリア出身の武蔵野大学教授によるものだが、国民のしあわせは誰の責任の下にあるか、ブータンの国民総幸福量(GNH)や国連の幸福度ランキングを紹介し「幸福」とか「しあわせ」を考えていくという。
 (ブータンの国民総幸福量についてはこのHP第4号で触れている。)
 私は常々、経済の発展は無くてよい、幸福度・しあわせ度の向上が必要と主張してきており、符合しそうな内容である。

 こういう幸福度・しあわせ度向上については旧サイトでも縷々つぶやいたが、このベクトルに反対方向に働いている「病」、平川克美の、「株式会社という」「経済成長という」「グローバリズムという」3つの「病」に加え、同じレヴェルで「都市化という」ものも十分成り立つのではないかと思っている次第である。
      

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