復活

おじんのつぶやき



  56.今年2018年の年まわり(18.08.21)

 前号は6月であった。サイト更新に対する執念みたいなものはほとんど失われてきている。満60歳を前に「我が半生の記」を作成して退職したが、その後すでに14年が経ち、ことあるごとに、退職後の方が第二人生として自分らしく充実した人生を送っているとしながらも、まず「我が後半生の記」を書くような資料はまったく残していない。友人に「日記の会」を主宰する著名人がいて、我々のような庶民の日記の重要性も知らされるのだが、反比例するかのようにかつてはかなり真面目に続けていた日記も止めてしまっている。

 先ほど夏の高校野球決勝戦が終わった。大阪桐蔭が秋田の金足農を破って春夏連覇となったが、今年の大会は、「第100回」ということで特別な記念大会として様々な工夫やイベントが組み込まれていた。秋田勢として決勝に進んだのは103年ぶり(まあ約「100年」ぶりともいえる)だということだ。
 「100」とか「50」とかいう数字は、それなりになんとなく「区切り」みたいなものを感じさせる。
 
 今年「2018年」は、50年前は「1968年」、100年前は「1918年」、そして150年前は「1868年」である。
 1918年は大正7年で、さしたる印象を私個人としては感じるところはないが、「1968」「1868」は感慨がある。

 「1868年」は明治元年である。今年は「明治150年」なのである。来年は和暦が替わる。今年までが、明治・大正・昭和・平成をまとめて「150年」であった、ということもできる。
 私がさらに注目したいことは、150の半分は「75」ということである。明治75年は「1943年」、太平洋戦争の始期ではあったが、国民にはその後もご都合主義の宣伝で戦意を鼓舞させていたものの、事実上は敗戦が見通せる時期であった。そんなに固く「1943」に拘らないとすれば、明治元年「1868年」からこの今年、「2018年」までの「150年」の中間の時期は、まさに「太平洋戦争期」だったといえば、年間としては「75年間前後」と考えればよい。1944年、昭和19年生まれの私はまさに、この期にこの世に生を受けたのである。いま「74歳」、まさに「75年間前後期」産まれなのである。
 こんな「こじつけ」の年回りのことはどうでもよい。明治150年の後半74ないし75年生きた者として、私は最近の状況のなかに、明治150年の前半の結末としての太平洋戦争に至る直前の経過に似た事象が見られることが気になっている。歴史は単純に繰り返すなどということはない。しかし、当時の日・独・伊に対応する以上の「日・米」の癒着、果たしてどうだろうか。

 「50年前」の「1968年」、年初はまったく意識していなかったが、この年は、私の「大学卒業年」「社会人初年たる企業人初年」「結婚による家庭人初年」であった。

 「卒業50年」に対しては、今年の4月2日、「入学式・卒業50年塾員招待会」に行ってきた。日吉の記念館が建て替え中なので、入学式は「パシフィコ横浜」、塾員招待会は「横浜ロイヤルパークホテル」だった。
   
 そして、来る10月21に日吉キャンパスで行われる「2018年 慶應連合三田会大会 ご招待状」を受け取っている。感慨深く、出席の返信がしてある。連合三田会大会には地元三田会の役員をしていることもあって、もう7~8年行き続けているが、特に今年はこの地元三田会の会長に選任されているという曰くもあって行くことにしている。

 「社会人初年たる企業人初年」たることに対しては、その後の満36年間は、私にとって、「年金受給資格」を得られた(退職が満60歳ちょっと前だったため退職後も3か月だけ保険料を払ったが)ことのみ人生上の評価点で、その後の現在に至るまでの第二人生の中で、あの満36年間が「如何に自分が無い」期間であったかを想うばかりである。

 「結婚による家庭人初年」に対しては、いわゆる「金婚式年」なのだが、実はこのことは、高校同期のゴルフ会の懇親会の席で友人の示唆により、そういえばそうかなーと思い考えてみて確認したくらいのものだった。家内にも話してみたが特別な反応を示していない。3人の娘たちにも特別に話していなく、従って普段と変わらぬ毎日を送っている。

 話題は転ずるが、「1968年」、私の大学卒業、企業への就職の年は、逆算して考えると「明治100年」であった。あのころに、そういう喧伝を私は全く記憶していない。そういう喧伝があったのかなかったのかも含めて。
 私は、ちくま新書、絓(「すが」と読むらしい)秀実、『1968年』という本を大分前に購入している。期待を持って買ったのだったが、最初の方を一瞥して「ツンドク」になっている。「明治100年」という語は一回も出てこない。そうと判ったら今度は違う意義を見出そうとしたのだったが、読み続けるだけの惹きつけるものがなかった。いま改めて目次をみてみると、「1968年」前後の状況を「思想的」に意味づけようと目論んでいるようだが、その後50年を経た戦後75年というスパンを俯瞰的に観た場合、分水嶺的な意味合いをも拾い出すのに苦労する。2006年に第1刷発行だが、この内容で第2刷以降が出ることは考えにくいほどだ。

 私が、かつて「人生周期」としてこじつけたなかでは今年「2018」年は何の意味合いも見つからない。昨年11月にサインカーブがプラスからマイナスに転じて何か不安定現象が生じるかと思ったがそれもない。バカバカしいことなのでこれについてはお開きにするとして、今号は遊び心で「いま」を眺めてみた。
 遊び心は措くとして「時空、俯瞰的に、自分・いまを見る」ということは確信的に大事なことと肝に銘じている。


【後日の追】 
 上記に『1968年』という本について書いている。実は同名の本がまた出たのだ。つい買ってしまった。
 中川右介、朝日新書、2018年第1刷。 「はじめに」には確かに、
 “半世紀前の「1968年」も「激動の年」のひとつだ。チェコスロヴァキアの民主化運動「プラハの春」、フランスの学生運動「五月革命」アメリカ公民権運動とベトナム反戦運動など、同時多発的に自由と民主主義を求める若者たちの運動が展開され、日本でも学生運動がピークを迎えていた。”、とはあるが、内容は「私にとっては」絓の本以下。
 帯には「日本がいちばん熱かった年」とか、「50年前」とかもあるがそれより大きな文字で、「あしたのジョー 少年ジャンプ
黒部の太陽 ……」いっぱい並ぶ。さらによく見ると、「音楽、漫画、映画…… 大衆娯楽に焦点を当て、エネルギーの奔流を見据える!」とある。中身には全く読み進むことなく書棚行きだった。少なくとも私には、“及びでない~”だった。
 しかし最近何冊か常時手許にある内田樹は、音楽、漫画、映画も包摂している。人間の大きさが全然違う。

 それにしても新書版で特定の「年」を題名とする本、しかも2つ、他にもこんなことがあるのだろうか?

【再・後日の追】
 小熊英二にも『1968年』 上・下2冊の大冊がある。興味はあるがいまのところ手がでない。
     
       

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