復活

おじんのつぶやき



  53.アカボシゴマダラ(18.05.07)

 西東京稲門会の「野草の会」に加えていただいた。私が属する西東京三田会員も他に何人か加わっている。自分の所属会で成立しない近隣友好的諸会の内部会に入れていただくことは結構なことだと想う。所属会を通じての友好会との関係での「拡がり」を感じて、いま私の置かれている立場からいって喜ばしいことだと思っている。
 すでに、ボーリング同好有志は当会内で集まらず、東村山三田会の内部会の会員になって楽しんでおられる方もいる。昨年は所属会30周年で記念行事をしたのだが、「記念登山をしよう」という発意があったので、私は現段階で担当している広報手段でその企画を報じてあげたり、同じ山登りに嵩じている会員を紹介してあげたりしたが、実現は成らなかった。
 ゴルフ会などは友好会の複数の同じ内部会、特に西東京稲門会には当会ゴルフ会の成立にまで世話になったいきさつもあってであるが、今は小平・東久留米三田会等も加わり、それぞれの会の開催時には誘い合っている。
 昨年度には、私が属する西東京三田会の特別企画的な、「保存屋敷林→公式植物園(牧野富太郎記念庭園)→グルメ会→稲門会個人の自然農園」巡りには、小平三田会の会員で、元西東京三田会の同志、八木さん、熊坂さんご夫妻も参加されている。このときは、西東京三田会が関連する「KP」会の仲間も複数参加してくださっていた。
 やはり私が属する西東京三田会の内部会である「写真・作品倶楽部」の年一回の展示の催事には西東京稲門会の会員さんが常連で参加していただいており、東久留米三田会・小平三田会の会員さんにも参加いただいている。

 このように、いま私が属している「西東京三田会」において、現在の私が置かれている立場から、このような「会」を通じての親睦の繋がりの維持、さらには一層の発展は望ましいことと感じているところである。

 さて一転、表題の件はこれからである。
 西東京稲門会の会下の「野草の会」には初めて知った「1回会合は、都築さんが在宅の日が良いと思います。328() 一度皆さんで集まってみませんか。 」という特定の西東京三田会会員に送られたメールへの、その会員の、“その日は都合が悪い”というメールのCCで、知って、私はその日は空いているから参加させてもらおうと待機していたら、後日その日は「中止」だとメール配信してきた。
 その他いきさつや途中の稲門会主催者とのメール交換などはともあれ、要は、もう数回、会を実施(私の知らなかった日や不都合続きで参加できていなかった)したのちの4月29日(日)、メールのCCにて午前に西東京三田会会員が伺っていることは承知していたが(午前はシルバーの関係での用事があったので、日曜日定例は13時半からの筈との承知で)、午後1時20分ころ、会場である稲門会都築邸に伺った。
 春の日差しがまぶしい好天(後のCCメールでの西東京三田会会員記述内の形容に「初夏のような暑さでしたが湿度が 低かったのが幸いしました」とあった)で、春5月と夏8月の違いこそあれ、中学生時代、お蚕様関係の労働の合間(昼飯後の、次の桑摘みまでの父母昼寝時)に捕虫網と大小三角紙が入った三角ケースを腰につけ、ほぼ決まったコースで蝶採集行に廻った思い出を彷彿させた。
 「野草の会」ゆえ野草豊かで、ミツバ、ミョウガ、それにマーマレード用にと鈴なりの木から夏ミカンを沢山いただいてきた。都築さんは、午前中採ってしまったが、と言われながらタケノコも2本下さった。しかし私の最大の収穫はこの農園内を、あるいは敏捷に、あるいはゆったりと飛翔する「蝶」であった。
 アゲハ、キアゲハ、ツマキチョウ、ヒメシロチョウ、ミスジチョウ、コミスジ、ツマグロヒョウモンは確認できた。名前の確認できない蝶にも何種か出会った。キアゲハの食草であるセリ科のミツバは人間が頂くものとして採集してきたが、アゲハ類に食樹とするものが多いミカン科として夏ミカン、カラタチ、山椒があって山椒は幼木をいただいたが、ミカン、カラタチは大きな木の周りにも幼木がなく、挿し木でとのつもりで枝を切っていただいてきた。
 実に充実した数十分を過ごさせていただいた。

 こんな前哨戦もあり、その後もさわやかな好天が続いている中での出来事がやっと本題である。シルバーの仕事は、早朝と午後との2回で駅周辺のタバコの吸い殻を主にその他の一般ゴミを拾い集めるものだが、午後の仕事場への途中、“オッ”と思う蝶を生け垣の木の葉の上に発見、少し弱っていたらしく、近づき、“サッ”と捕ったら採れたのだ。仕事場にクリアシートがあったのでそれを三角紙代わりにして入れておき、1時間半の午後の就業を終わらせて家に持ち帰った。
 どうも名前が特定できない。現在ある『原色蝶類図鑑』は、初版昭和29年の昭和42年第四刷版と、昭和48年版で2分冊のカラー自然ガイド『日本の蝶Ⅰ・Ⅱ』である。
 みたところ、後翅の尾状突起が破損したアゲハにも見え、ゴマダラチョウ的でもある。図鑑と見比べること1時間以上、当面“リュウキュウアサギマダラ”が一番近いかな、とスッキリしないまま不承不承図鑑との見比べを終わらせベランダのミカン類の小木に止まらせてあげた。止まらせてあげるとき、私の手のぬくもりの方がよいのか、なかなか葉の方に移らなかった。
 ともあれ、どうもスッキリしない。次にネットサーフィンした。そして見つけた。「日本の蝶検索のページ」である。
 アカボシゴマダラであった。
       

 通常奄美大島以南に分布する南方の蝶だが、「関東地方のアカボシゴマダラは春になると、白化型という翅の模様が白っぽくなった個体が現れる、この様な白化型は奄美大島のアカボシゴマダラには見られない」 とのことで、この蝶の亜種は、奄美大島分布種、台湾分布種のほかに中国南部・香港分布種があり、今回私が見た種は明らかに白化型で、従って中国型種ということになるが、日本国外の蝶が国内に到達するルートは、台風によって飛ばされる、群生による渡り、人によって持ち込まれるの3形態があるが、白化=中国種だから前2者ではありえなく、1990年代に持ち込まれ飼育されていたものが逃れ出たか放されたものだろうという。

 ともあれ、名前が特定できその面でもホッとしたが、それ以上に「自分にとっての新種」に出合えたことは感動であった。ミカン類の木に止まらせておいたこの蝶は翌朝もまだ留まっていたが、終日の用件で出掛け午後却って来た時には居なかった。 ロマンをありがとう、と言いたい。

 参考となり且つ確信に至ったネットページ
            
       

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