復活

おじんのつぶやき



  49.今後の「世界」のすがたについて(18.02.25)

 前号で、白井聡対話集、『ポスト「戦後」の進路を問う』、内田樹の、『ローカリズム宣言 「成長」から「定常」へ』(デコ)、そして高橋源一郎の『ぼくたちはこの国をこんなふうに愛することを決めた』(集英社新書)の3冊を同時購入したことを書き、関連のつぶやきをした。。
 現在その3冊と、白井が対話でしばしば言及する白井の自書、『永続敗戦論』(講談社α文庫)を読了していろいろ感じたことを述べてみたい。
 先に『永続敗戦論』について、どういう本かと簡単にみておくと、先の戦争の「負け」を正面から認めないがゆえ、さらなる敗戦=米国に対する敗戦を骨の髄まで内面化する対米無限従属、それが一方でアジアに対する敗戦否認として表れている、ということであるが、「永続敗戦」とか「永続敗戦レジーム」とかの言葉の使い方は正直なところ私にはまだピンとこない。

1.私の思想的「転向」
 白井の本は、“第1章「戦後」の終り”、を2011年3月の福島原発事故から書き始める。われわれの大部分が「侮辱」の被害者であると同時に加害者でもある、という認識を出発点として。
 “われわれのうちの多くが、「あの戦争」に突っ込んでいったかつての日本の姿に現在を重ね合わせてみたことだろう。大言壮語、「不都合な真実」の隠蔽、根拠なき楽観、自己保身、阿諛追従、批判的合理精神の欠如、権威と「空気」への盲従、そして何よりも、他者に対して平然と究極の犠牲を強要しておきながらその落とし前をつけない、いや正確には、落とし前をつけなければならないという感覚がそもそも不在である、というメンタリティ・・・・・。これらはいまから約70年前、300万にのぼる国民の生命を奪った。”、こういう<日本的無責任>の深淵。丸山眞男が“「体制」そのもののデカダンス”と怒りをもって指摘した状態である。
 そしてこの震災・原発事故以来、この国の権力・社会が「本音モード」になってきた、要は「否認の構造」の限界に悪あがきをしている、それは「戦後の終わり」を印するものだと。この辺の繋ぎの理路がどうもよくわからない、が。

 ともあれ、私は、3.11事故への対応は、初期は「根拠なき楽観」に依拠する論を展開していた。旧サイトでいろいろな折に触れているが、第168号には“東電バッシング、政府バッシングになっている周囲・マスコミ・世情にどうしても素直に迎合できないアウトサイダーである。”、などとしている。世情の「原電即時全廃」まではいかなくとも、「新設廃止」「稼働中は活用で休止したら再稼働しない」程度でよいのではないか、くらいの考え方であった。
 私は原子力発電所建設をはじめとする「プラント建設」の会社に現役時代は勤めており、福島・浜岡の現地にも原価低減検討チームの一員として行ったことがあること、兄のひとりも溶接検査等において私よりはるかに多くの国内原電本体に関わっていたこと、事の重大さを過小評価していたこと、時の鳩山・菅・野田というせっかく実現した反保守体制を維持させたかったこと、事故時の清水、途中交代の西沢の両東電社長が直接ではないもの学業時代に縁のあるものであったこと、など数多い因縁が無意識的に私の、“その当時の”考え形成の背後で支配していた。
 しかし私はこの白井の本に依拠するよりも前から「転向」している。全廃を進めるべきだと考えるようになっている。予想した事件直後の電力不足現象が全く現れなかったこと、野田首相時代までは当の事件処理に精いっぱいであって仕方ないが、その後の復権した自民党政権と経済界がしゃあしゃあと再稼働・新設路線を続けているのに腹が立ってきていた。
 私が前記の原電建設原価低減検討チームの一員だったとき工場長としてお会いした人はその後会社のトップに返り咲き会社を立て直したような人望篤いひとで、その後経団連会長を請われても固辞していたのに、その部下たる現会社トップが時期経団連会長を簡単に迎合・受諾してしまった。苦々しい限りだ。
 
 私は、旧システム第167号にこんな風に書いている(原文は引用文を使用しているが、自分の文に表現を変更している)。
 “エゴ。原発事故も沖縄問題も同じだ。ゴミ処理問題もだ。今こそ東京に原発を。東京湾を埋め立てて計画中の12基全部引き受けよう。高速増殖炉や廃棄物処分場も一緒に。電力不足は一挙に解決し核燃料サイクルは完成。二酸化炭素も削減できる。何より福島の人たちの苦労がわかる。「割り切る」ならそれぐらいしては? そこを原子力村と名付けよう。今は東電の管内に東電の原発は1基もない。東京都知事選があるが、東京は政治・経済・文化の中心だ。さらに原発も米軍基地も呼び寄せよう。なんでも日本の中心になろう。地域エゴでもめてるものを全部引き受けよう。こういう候補者が欲しいものだ。”
 ちなみに都知事は石原の後ふたりがゴタゴタして今の小池になっている。

2.政変では変わらぬ体制
 私には常に苛立ちがある。上記の私の、第167号、第168号は事故後まもないころである。そのころの「周囲・マスコミ・世情」の高まりは、当時アウトサイダー的立場だった私には身の危険さえ感じる想いであった。それなのに、その後の結果はどうだろう。「周囲・マスコミ・世情」と私は逆転さえしている。なぜ原発推進、沖縄への基地押しつけの政権に「ノー」を表さないのか。白井は「あとがき」で、
 “私の上げる声は何の効果ももたらさないかもしれない。2012年末の衆議院選挙の結果を目撃し、・・・・はっきり言って、暗澹たる気持ちになる。だがそうした客観的に悲惨な状況は、私にとって究極的にはどうでもよいものだ。”、として次にガンジーの、無意味でもしなければいけないのだ、世界によって自分が代えられないために、の趣旨の言葉が支えてくれている、としている。2012年末の衆議院選挙は、原発問題の整理もまだ只中の状態で野田に不運な面ありであったとはいえ、それ以上に現安倍独裁体制に国民がこぞって手を貸してしまった選挙
である。私は旧サイト第198号で言及している。あの当時は無知であったが、その後の選挙結果には大概、ニーチェ、フーコー的に、“「畜群」め!”(復活おじん第34号)になってしまうのが本心だ。白井の上記も本心を隠すなぐさみだと思う。私の上記第198号結びのように。
 白井は、鳩山・菅・野田政権の流れの意義を敢えていうならば、“誰が首相でも、「国民の要望」と「米国の要望」とのどちらかを取り、捨てるという二者択一を迫られた場合、後者を取らざるを得ない、という「客観的な構造」をはっきり露呈させ、ひいては日本の「戦後民主主義」なるものの根本的存立構造を赤裸々に明るみに出したこと”、としている。
 私はこれには同意するとともに、なにか「歴史の構造」にはこれらとは違った要素があるという想いが否定できない。白井は「政治学者」だ。あの鳩山の「最低でも県外」が「抑止力の重要性に至った」という政治手法の巧拙があったことは記しても、個人手腕の拙劣さに収斂させることは問題の矮小化として退けている。「が」だ。
 私には「政治学」的以外に、「社会学」的、「経済学」的分析がどうしても必要な気がするのだ。これは、「学者」でない、私の「会社員生活経験者」という側面を反面教師として得られた現在の心境である。
 “サラリーマンにとって「社会」というのはそのまま「会社」のこと、「社会に出る」というのは「会社に入る」ということ。”、“組織がトップダウンであること、部下は全員イエスマンであること、組織内の合意形成に時間をかけてはならないこと。”
 資本主義社会では競争に勝ち残ること、そう信じる人ばかりになって、「日本の社会集団はいつのまにかすべてが株式会社のようになってきている。行政も、医療も、学校も、・・・・、それに誰も反論しない。私にはこの事態が極めて「深刻」だと思わざるを得ない。会社員時代、視野狭窄で、「うち」からはこの状態が見えなかった。上記した私の「原子力発電所原価低減検討チームの一員」などというのは、いま一望俯瞰的な目でみると、アリの巣穴がいくつかある(日立、東芝、三菱)、周りでたくさんのアリが忙しそうに動き回っている、その中の「個」。追い切れない。部品にすぎない。滑稽としかいいようがない。これが政治的意味での現況と違う、現代グローバル資本主義社会の実態なのである。
 一度確立し、経済界と結託した政権は、仮に選挙で国民の大勢により政権が代わっても、以前の政権下での株式会社的体質を引きずったままの経済界・官僚が着いてこずに交代政権はついに再び下野を余儀なくされる、私には「歴史の構造」というならば、マルクスの上部構造、下部構造という概念、特に下部構造の概念、それはサルトルのように「発展」というものは否定するとしても、内田樹の「構造主義的」把握の重要性に想いが至る。
 しかし、また「しかし」であるが、前号で言及した、 “グローバル資本主義というシステムが終焉を迎えようとしています。資本主義は人口増と生産技術の進化と経済成長を前提にした仕組みなので、どれか一つの条件が失われれば、終わります。”、“もう成熟して、経済成長の余地のないところに経済成長をもたらすという不可能な夢・・・人間が生きて行く上でそれなしでは済まされないものに値札をつけて、市場で売り買いすれば・・・活性化・・・成長するという倒錯的な夢・・・・狂っています。”
というような、気の長い一種の諦観に逃げ込むしかない境地に至るのです。


 まだ、3.、4.、・・・とつぶやく積りだったのが、もう長くなり、忘れもしたので、「おしまい」。
       

TOPへ 戻る