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おじんのつぶやき



  47.「寝ながら学べる構造主義」メモランダムー2(18.02.08)

 第45号で、内田樹『寝ながら学べる構造主義』について、前史(3巨人:マルクス、フロイト、ニーチェ)と構造主義始祖といわれるソシュールについてだけでも得るところが多くて、抜き書きメモしていたらページが長くなったので中断した。
 第46号講演感想記を間に挟んでの上記の続きである。

 私は一方で、『はじめての構造主義』(橋爪大三郎、講談社現代新書)を並行読書している。また両方「新書館」だが、『図説・標準 哲学史』(貫成人)、『現代思想フォーカス88』(木田元編)も横に置いている。
 また、完読されているとみられる(鉛筆線がいっぱい引いてある)『哲学入門』(竹田青嗣、ちくま学芸文庫)の「あとがき」の前の「読書案内」に、“構造主義の入門書としては橋爪大三郎の『はじめての構造主義』がとてもわかりやすい。”、とあってこれも気になっていた。

 -第三章- フーコーと系譜学的思考
 「これらの出来事はどのように語られてきたか?」ではなく、「これらの出来事はどのように語られずにきたか?」です。なぜ、ある種の出来事は選択的に抑圧され、黙秘され、隠蔽されるのか。なぜ、ある出来事は記述され、ある出来事は記述されないのか。・・・・   歴史の流れが「いま・ここ・私」へ至ったのは、さまざまな歴史的条件が予定調和的に総合されてではなく、さまざまな可能性が排除されて、・・・・   「生成した」歴史上のその時点ー出来事の零度ーに遡って考察・・・ニーチェの「系譜学」的思考から継承・・・ p86 

  フーコーの「社会史」の仕事 制度や意味が「生成した」現場まで遡ってみること 歴史的価値判断が混じりこんで汚す前の「なまの状態」 - (のちにロラン・バルトが「零度」と術語化) フーコーは学術的主題に「狂気」を選んだ
 構造主義とは、ひとことで言えば、さまざまな人間的諸制度(言語、文学、神話、親族、無意識など)における「零度の探求」であるということも出来るでしょう   p78-p92

 知と権力は近代において人間の「標準化」という方向を目指してきた、・・・身体もまた「意味によって編まれた」一個の社会制度・・・そのときどきの固有の歴史的・場所的条件に規定されて「歴史化」されている・・・ 国王二体論・・・国家は身体を操作する・・・身体を標的とする政治技術がめざしているのは、単に身体だけを支配下に置くことではなく、精神を支配することこそ最終目的・・・内発的欲望で従順なる「臣民」に事故登録するよう仕向ける
 「権力」とは、あらゆる水準の人間的活動を、分類し、命名し、標準化し、公共の文化財としての知のカタログに登録しようとする、「ストック趨向性」のこと

 -第三章- バルトと「零度の記号」
 ロラン・バルトの仕事はまとめて「記号学」という名称のもとに包括することができる
 スティル、ラング + エクリチュール そのことばづかいがその人の生き方全体をひそかに統御  「エクリチュールの囚人」    「価値中立的な語法」のうちにその社会集団の全員がむいしきのうちに共有しているイデオロギーがひそんでいる
 エクリチュールの零度、無垢なるエクリチュールとは、願望も禁止も命令も判断も、およそ語り手の主観の介入を完全に欠いた、「まっしろな」エクリチュール


   ここでこのページ、止めます。このあと、レヴィ=ストロース、ラカンと続きますが、そもそも「哲学を学ぶ」ことに意義があるのではなくて、哲学を学ぶことを通して「哲学すること」を学びたいのですから、自分を深く知るための、そして自分と世界(他人や社会を含む)との“関係”を深く知るための技術、との認識にたって、「研究者的」、「学的」姿勢から脱しようと思います(難しくて続かないのが本音かもしれませんが)。
 構造主義は「実体に代わって関係が、主体に代わって構造が初次的なもの」とみることにおいて共通性があり、内田の4銃士にアルチュセールを加え、五人が代表的な構造主義者といわれています。第45号での記述のように重点、系譜などもいろいろ見方があります(俯瞰的に見る癖出来ました)。
「哲学すること」で構造主義から学びたいことは、自分・世界をみるのに主体的私からではなく、私の中の「他者」から「一望俯瞰的」にみる、です。サルトルがレヴィ=ストロースにより粉砕されたことは、肝に銘じなければいけないということと思います。企業人時代は完全に視野狭窄、このように在らされている「権力」にニーチェ→フーコー的な人間嫌いにややもするとなるところを、一方内田の「構造主義的考え方=哲学」の採用の仕方に感心すること多々です。
 
    
   下記メモも凍結します

 ・ 他者論  内田と末木 私・・・・多重人格のひとり  重点の置き所

 ・ 格差社会についての考え方の多少の考えの転向      中野考次 ・・・ 一番でなければいけませんか?
   モルデカイ・シュシャーニ師 … こんな日本でー117  愛のー19-22

 ・ 末木の靖国論のこと 3冊 

       

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