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おじんのつぶやき



  45.「寝ながら学べる構造主義」メモランダムー1(18.02.02)

 第一章 先人はこうして「地ならし」した - 構造主義前史
 ヘーゲルのいう「自己意識」とは、要するに、いったん自分のポジションから離れて、そのポジションを振り返るということです。自分自身のフレームワークから逃れ出て、想像的にしつらえた俯瞰的な視座から、地上の自分や自分の周辺の事態を一望することです。人間は「他者の視線」になって「自己」をふりかえることができますが、動物は「私の視線」から出ることができないので、・・・・・ p30  下線部は私
 ヘーゲルもマルクスも、この自己自身からの乖離=鳥瞰的視座へのテイク・オフは、・・・・・他者とのかかわりの中に身を投じることによってのみ達成されると考えました。・・・・・生産=労働による社会関係に踏み込むに先んじて、あらかじめ本質や特性を決定づけられた「私」は存在しません。・・・・・「私を直感する」ことは、他人たちの中に投げ入れられた「私」を風景として眺めることによってしか成就しないからです。  p31
 自己同一性を確定した主体がまずあって、それが次々と他の人々と関係しつつ「自己実現する」のではありません。ネットワークの中に投げ込まれたものが、そこで「作り出した」意味や価値によって、おのれが誰であるかを回顧的に知る。主体性の起源は、主体の「存在」にではなく、主体の「行動」のうちにある。これが構造主義のいちばん根本にあり、すべての構造主義者に共有されている考え方です。それは・・・・ヘーゲルとマルクスから20世紀の思考が継承したものなのです。
 ネットワークの中心に主権的・自己決定的な主体がいて、それがおのれの意思に基づいて全体を統御しているのではなく、ネットワークの「効果」として、さまざまのリンクの結び目として、主体が「何ものであるか」は決定される、というこの考え方は、「脱ー中心化」あるいは「非ー中枢化」とも呼ばれます。・・・・・中心を持たないネットワーク形成運動があり、そのリンクの「絡み合い」として主体は既定されるという「地動説」的な人間観への移行、それが20世紀の思想の根本的趨勢である、
p32 まるで華厳の事事無礙法界を表現する因陀羅網のことを言っていると錯覚する  下線部は私

 人間が直接知ることができない心的活動が人間の考えや行動を支配している、・・・「無意識」・・・・・フロイトの貢献はマルクスと深いところで通じています。それは「人間は自分自身の精神生活の主人ではない」ということです。  p33
 私たちは自分が何ものであるかを熟知しており、その上で自由に考えたり、行動したり、欲望したりしているわけではない。これが前ー構造主義において、マルクスとフロイトが告知したこと  p39 

 もう一人、人間の思考が自由ではないこと、人間はほとんどの場合、ある外在的な規範の「奴隷」に過ぎない、・・・・私たちにとって自明と思えることは、ある時代や地域に固有の「偏見」に他ならない・・・・・ニーチェ・・・・・同時代人(原理的には、私たちもそこに含まれています)は「臆断」の虜囚になっている。・・・・・同時代人たちは、自分が「何ものである」かを知らず、自分がどんな仕方で「思考している」のかを知らない恐るべき愚物・・・・・「大衆社会」とは成員たちが「群」をなしていて、もっぱら「隣の人と同じようにふるまう」ことを最優先的に配慮するようにして成り立つ社会・・・・このような非主体的な群衆を「畜群」と名づけた・・・・畜群道徳は何よりもまず社会の均質化を志向します。・・・・・相互参照的に隣人を模倣し、集団全体が限りなく均質的になることに深い喜びを感じる人間たちを、ニーチェは「奴隷」と名づけました。 ⇔ 「貴族」・・「超人」 ・・・・ニーチェは「超人」とは「何であるか」ではなく、「何でないか」しか書いていません。・・・「負の遺産」である「超人思想」・・・・・
 何よりもまず、過去のある時代における社会的感受性や身体感覚のようなものは「いま」を基準にしては把持できない、過去や異邦の経験を内側から生きるためには、緻密で徹底的な資料的基礎づけと、大胆な想像力とのびやかな知性が必要とされる、という考え方です。  マルクス、フロイトに続いてのニーチェの項、p40~p58

 第二章 始祖登場 - ソシュールと『一般言語学講義』
 ソシュールの言語学が構造主義にもたらしたもっとも重要な知見を一つだけ挙げるなら、それは「ことばとは、『ものの名前』ではない」ということになるでしょう。   寝ながら学べる構造主義p60  
 ソシュールが教えてくれたのは、あるものの性質や意味や機能は、そのものがそれを含むネットワーク、あるいはシステムの中でそれがどんな「ポジション」を占めているかによって事後的に決定されるものであって、そのもの自体のうちに、生得的に、あるいは本質的に何らかの性質や意味が内在しているわけではない、ということです。
 私たちが「心」とか「内面」とか「意識」とか名づけているものは、極論すれば、言語を運用した結果、事後的に得られた、言語記号の項かだとさえ言える・・・・私ことばを語っているときにことばを語っているのは、厳密に言えば「私」そのものではありません。・・習得した言語規則・・身に着けた語彙・・聞きなれた言い回し・・先ほど読んだ本・・・・そこでかたられていることの「起源」はほとんどが「私の外部」にある・・・・「私のアイデンティティ」というのは何?・・・・このどうにも足元のおぼつかない「私のアイデンティティ」や「自分の心の中にある思い」を西洋の世界は、久しく「自我」とか「コギト」とか「意識」とか名づけて、それを世界経験の中枢に据えてきました。・・・・「自我中心主義」・・・この人間観に致命的影響・・・・
 
 ちなみに『はじめての構造主義』(橋爪大三郎、講談社現代新書)では構造主義のルーツを縷々述べる結論的なところで、
“結局、レヴィ=ストロースの神話学はブルバキ派の<構造>概念を、そのまま神話の領域に持ち込んだものだと考えると、いちばんわかりやすい。ヤーコブソン流の音韻論(ことに、二項対立の理論)は、個々の神話を分析するのに部分的に役立っているものの、変換や<構造>の概念とは直接結びつかないように思う。これまで構造主義を紹介した人びとは、ソシュール以来の言語学とのつながりを、少し強調しすぎていたようだ。”  とある。
 ヤーコブソンとは、『寝ながら学べる構造主義』では、始祖ソシュールの項で、ソシュールの理説を引き継いだプラハ学派(=「構造主義」という術語を最初に用いた学派)、の中心のひとりで、第二世代とみなし、次の「構造主義の四銃士」、レヴィ・ストロース、ラカン、バルト、フーコーに繋げている。
 『はじめての構造主義』は、第二章:「レヴィ=ストロース:構造主義の旗揚げ!」と「第三章:構造主義のルーツ」の章に多くを費やし、の構造主義のルーツは“数学”という独自(?)の展開をしている。橋爪は、「構造主義はレヴィ=ストロースが生みの親」で、「構造」というのは骨組みやなんかでなく、もっと抽象的、たぶん、現代数学にいう<構造>の概念に一番似ているようだ、ソシュールよりもっと先の「遠近法」が崩れていく過程で<構造>として対象を捉える発想が数学によって繋げられる、「証明」される、という論理展開である。


 橋爪の展開もひとつの理路であり否定はしない。いずれにしてもレヴィ=ストロースをはじめとする肝心の構造主義の四銃士に至り得なかった。内田の、始祖までに至るまでのところで、既に心打つ記述が多すぎた。上記引用部分だけでも非常に自己を一望俯瞰的に見ようとするもうひとり、いや多数の自己の存在を感じる。口癖(「座右の銘」?)ともなった “「私」は私の多重人格のひとつにすぎない” を一層かみしめる想いがする。
 他者のことばを借りるとしても「自分の心の中にある思い」を発したいところだが、両書をもう少し読み込んでからにしよう、今回は「メモー1」として、今後に期そう。
       

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