復活

おじんのつぶやき



  3.如何是辨道。?界不曾蔵(16.7.6)

  「更待何時」、「更に何れの時をか待たん」、これは、前回の「侘は是れ吾れにあらず」に続く文脈のなかでの直後の老典座の言である。

  「侘は是れ吾れにあらず」が凄い言葉だと、前回触れたが、道元がそのあと続けて尋ねた。「御老僧よ、確かにあなたのおっしゃる通りです。しかし、太陽がこんなに熱いのに、どうして強いてこのようなことをなさるのですか」。この問いに対する老典座の言なのである。これも凄い言葉だ。「いまやるべきことをいまやらやらずにいつやろうというのだ」。

 私は、「侘は是れ吾れにあらず」「更に何れの時をか待たん」、二つのことばを一緒にして日常の自分を律し、励ましている。強制された規則にではなく、自らがこころから共鳴するこのような言葉を背景にして生きていくということの意味合いは非常に大きいと思っている。充実感のようなものである。
 この同じ心持を少年時代に持てていたら私の人生はかなり変わったものになっていたことはこ確実だが、いずれにしても「れば」「たら」の問題。論外だ。過去は過去、とにかくいまを、いつも「良かった」にするようにしていこう、これが前回と合わせての『典座教訓』からの、まず二つあわせての一つの座右の銘である。

 「まず」としたのは、『典座教訓』にはもう一対の、やはり別の典座との感動的やり取りがあるからである。
 まだ道元が船から降りられないで船内に逗留しているとき、日本の椎茸を買い求めてやってきた老典座との会話である。
 道元はこの船内での会話では典座のいうことがよくわからず、後日再会した折りの会話と一対で理解する必要がある。
 読み下し分(大久保道舟訳注『道元禅師清規』岩浪書店)による。前後多くの文があるが肝心なところだけとする。

 「山僧又典座に問ふ、座尊年、何ぞ坐禅辨道し、古人の話頭を看して、煩はしく典座に充てて只管に作務す、甚の好事か有る。座大笑して云く、外国の好人未だ辨道を了得せず、未だ文字を知得せざること有り」
 「如何にあらんか是れ文字、如何にあらんか是れ辨道と。」、このとき答えは得られず「山僧當時不會」だった。

 ある程度の日時が過ぎ、そのときの老典座は典座を退いていた。そして道元の掛錫している天童山に尋ねてきた。
 「山僧喜踊感激、他を接して説話するの次で、前日舶裏に在りし文字辨道の因縁を説出す。」
 「典座云く、文字を学ぶ者は文字の故を知らんと為す。辨道を務むる者は辨道の故を肯はんと要す。」
 「山僧他に問ふ、如何にあらんか是れ文字。座云く、一二三四五。如何にあらんか是れ辨道。座云く、?界曽て蔵さず。」

 「侘は是れ吾れにあらず」「更に何れの時をか待たん」に対応させるとしたら、
 「如何にあらんか是れ文字。一二三四五。」「如何にあらんか是れ辨道。?界曾て蔵さず。」である。

 「如何にあらんか是れ文字」の問いは、「いかなるもこれ文字」であり、「如何にあらんか是れ辨道」は「いかなるもこれ辨道」なのである。「一二三四五」は「どれもこれも」であり、「?界曽て蔵さず」は周りの全てが隠さずに弁道のあり方を説きつくしている」である。

 私は『典座教訓』のなかではこの二か所が特別に好きである。
 『正法眼蔵』には一生取り組まねばならないが、『正法眼蔵』に取り組むときにはいつも釈尊の梵天勧請が連想される。『正法眼蔵』はとにかく難しい。しかし同じ道元の書いたものでも、この『典座教訓』や『赴粥飯法』あるいは『普勧坐禅儀』、それから弟子の懷奘による『正法眼蔵随聞記』などは比較的分り易いので、『正法眼蔵』本体との行き来により自然なる「弁道」の日々を過ごそうと思っている。
 

TOPへ 戻る