復活

おじんのつぶやき



  20.草は棄嫌におふるのみなり(17.07.14)

「総理のご意向」なんてなかった、どんな文書で示そうと、そんなものはまったくない。そういうことらしい。

 記録文書や証言に対する安倍政権の軽蔑的な姿勢は、天につばするほどに常軌を逸している。
 まず、ないという。あったとなれば出所不明の怪文書という。怪文書でないとなってもまともに調べない。あるいは廃棄されたという。それでも出てきたら内容が不正確で違う、という。

                          6月25日 朝日新聞3面

 安倍政権の傲慢さには腹がたつ。獣医学部新設がひとつだったので問題化されている、他にも新設してもいいんだ、という。問題の「すり替え」というか「はぐらかし」というか、・・・・・。
 例の豊田議員の秘書役に安倍君をしてみたい。あの金切り声で、「ちがうだろー、このハゲ、あんたはそれで言い逃れているつもりだろうが、「国民」のつもりになってみなよ!!!」

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 上記までは6月25日のものだった。本日は7月14日。明日は73歳の誕生日。
 上記から本日まではいろいろあった。

 上記関係。国政ではないが7月2日に都議選があり、自民大敗で、その後の支持率低下報道などもあって、対応が少し変わってきているが、大勢は結局同じだろうと思う。閉会中の審議に安倍自身が応じるとなったとしても、詭弁で言い逃れるだけでいわゆるなんともじれったい「政治家論議」を「やった」という実績作りだけだろう。
 菅官房長官への印象は180度変わったということはどこかでもう言った。
 それより、いわゆる仲間うちの非公式に続けている“なんでも言えてそのあとカラオケ”という会で、身の回りにも、自民、安倍を積極的に支持する人が居ることが印象的であった。私はあるページで、安倍政治に批判的な講演があって万雷の拍手で終わったが、そのページの結論として、この拍手の延長を選挙投票に反映するのは2~30%、残りはそれでも与党側になってしまうんだ、と述懐したのを想いだす。確かに櫻井よし子級の超右翼もマスコミ上ではみるが、そこまでいかないにしても、そして当たり前ともいえるだろうが、身の回りにも私の立ち位置よりはるかに右の方に居るひとと直に議論できる場に出くわしたことが印象的であった。


 自分関係。私はまだ退職直後頃だったが、そのころ67歳くらいだった故郷の長兄に、“まだ働いているのか”というような意味合いのことを言ったことがあった。私は明日73歳の誕生日。しかしこの数日間の体力的にバテてしまうきつい日々を乗り切ったことに些か感慨するとともに、大きな反省材料になった。
 前ページでシルバーセンター12年を振り返ってみたが、今の3番目の仕事に対し、“「続けられるか」という不安さえよぎる”と言わしめた。体力的に一番厳しく、且つこの熱暑中の作業で、帰宅して水シャワーを浴びるのだが、下着は絞れば半リットルは汗が出るくらい、これを一日に朝と午後と2回、そしてこの連続のなかで、朝と午後の就業の間にそれぞれ違う会議がスッポリ、そして昨日は市報配布日で、たまたま都合の悪い人の分も肩代わり約束していたので2人分、セッティングは家内に手伝ってもらったが、本日早朝に他人分を配布して、ここで完全にダウンしてしまった。その後は無為の時間、なにもする気になれなかった。昼寝もした。自分の分390部はもう明日だ、としていた。家内が390部をカートに積むところまでやってくれていた。
 要は、夕方から配布をしたのである。確かに自分の区域だから精神的な安心感もある。しかし「発見」である。朝陽の直撃よりは夕陽の直撃ははるかに優しい。朝の360部の時のようなバタンキューはなくなんとかやり終えた。明日はなんとか休養日兼明後日のイベントの心の準備ができそうだ。


 現実のひとこまである。(右の短文は黒崎宏『ウィトゲンシュタインから道元へ 私説「正法眼蔵」』より)
諸法の仏法なる時節、すなはち迷悟あり、修行あり、生あり、死あり、諸仏あり、衆生あり。・・・全面肯定
万法ともにわれにあらざる時節、まどひなくさとりなく、諸仏なく衆生なく、生なく滅なし。
・・・・全面否定
仏道もとより豊倹より跳出せるゆゑに、生滅あり、迷悟あり、生仏あり。
・・・・・・・・・・・絶対肯定
しかもかくのごとくなりといへども、花は愛惜にちり、草は棄嫌におふるのみなり。
・・・・・・・理の超越

悟迹の休歇なるあり、休歇なる悟迹を長長出ならしむ
 

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