復活

おじんのつぶやき



  19.シルバー人材センター12年(17.07.12)

私がシルバー人材センターの会員になったのは平成17年5月。その前年、平成16年3月末日をもって会社員生活に終止符を打っていた。
 辞めた年、平成16年が申年・還暦の年であり、誕生月の7月にめでたく満60歳になっていた。
 昨年、平成28年は早くも更にもう一周した干支申であり、干支の翌年入会のシルバー人材センター会員としての経歴も今年は満12年になったことになる。

 この間、今年4月から3つ目の業種に従事就業するようになっている。

 今までを概観すると、

Ⅰ. 店内管理業務
 最初は、平成17年9月~平成22年12月の5年4ケ月、民間大手スーパーの地元店で、仕事内容は店内管理業務という現在のシルバー人材センターの“請負就業・委任就業のみ”という仕組みにおいてはしかるべき機関の立ち入りがあれば、直ちに「違反」(偽装請負)として摘発されるような、いわば、店長・管理部長のもとで、店員教育からトイレ掃除まで何でも行うという内容であった。
 その後、会員の就業機会の公平化に伴う年齢ないし年限制限に関する見直し、1ケ月の就業時間は80時間を上限とするなどへの違反(毎月100時間越えであった)に加えて、上記の「適正就業」機運も高まり、同時に発注者側の経費節減から私の後がまは居なかった。

Ⅱ. 中学校施設管理業務
 2番目は、平成23年9月~平成29年3月までの5年7ケ月、受注件名:市立中学校施設管理業務委託、仕事の内容:中学校管理、発注者:西東京市教育委員会学校運営課で、就業中に付けている名札は「学校施設管理員」であった。名札はそうであっても、先生方からは通常「警備員さん」と呼ばれていたものであった。年齢ないし年限制限が規定により審議されるようになり、28年3月でその対象になってその気になっていたのに、後継が決まらず1年延長していたものだった。
 この仕事は、学校の教職員の規定時間外(=休日と平日教職員規定時間外で、体育館解放があればその後始末まで)に、いわゆる窓閉め・施錠その他まさに「警備」の仕事で、年末・年始の数日間を除いて毎日を3人の会員で交代就業するというもので、詳細は学校によってかなり違うようであるものの、私の就業先中学校は、点検・巡回を、平日2回・休日4回、決められた凡その時間に行い、14ケ所でその記録を取って帰宅前に「警備日誌」に貼付し就業の実施を証明していただいていた。
 点検・巡回そのものが目的ではなく、夜中に他人に入られたり、雨などの吹き込みなどが無いよう、また電気や水の節約等が本来の目的で、教委からの仕様書に基づき、教職員からの指示による仕事はしない「請負」の形式が保てる仕事であった。3人ができるだけ平均的になるように予定を組み、ほぼ月6~70時間であった。
 今年の3月では、私に加えもう一人が年限制限者になり、2人の新しい会員が要請されて、今回は幸いにも2人がマッチングOKで、私は取りあえず新たな希望は出さずに控えていた。

Ⅲ. 美化・喫煙マナー推進業務
 平成29年4月~ 受注件名:美化・喫煙マナー推進事業業務委託(西武柳沢駅周辺)、仕事の内容:西武柳沢駅周辺禁煙指定地域清掃、 発注者:西東京市ごみ減量推進課、 「美化・喫煙マナー推進員」が名札である。
 3人が従事しているが、必ず2人が一組になって、市の指定では1日おきで月15日ないし16日実施することになっている。各人の他の予定との関係で多少の調整はして予定表は作っているが、業務そのものの3日連続不実施は起こらないように、かつ、できるだけやはり3人がほぼ均等に、というように神経を使っている。

 3ケ月経った。正直なところ“きつい~”。朝2時間、午後1.5時間の3.5時間が月に約10日、計35時間である。いろいろな仕事をやってみて初めて「比較」ができてわかることであるが、月当たりの時間が3つのうち最低であるにもかかわらず、「続けられるか」という不安さえよぎる。

1.  2人が同時間帯を、ごみばさみと袋を持ち、フルに歩きまわり、ごみばさみでタバコの吸い殻をはじめ、なんでも「ゴミ」を拾い集めるのだが、歩行数、かがんだりする体の体勢等々、まず朝の分が終り帰宅するとなにもなければソファーでバタンキューである。しかし朝の仕事は早朝のため、通常お昼まで2時間ないし2.5時間行われる別の会の会議はそっくり仕事間に入ってしまう。そういう日は一層きつさを感じる。
2.   100%屋外業務である。上記Ⅰ、Ⅱは雨天時に時々施設周りをみることもあるが、基本的に屋内での仕事。対してこの業務は基本的には天候に関係せず屋外にての業務のため雨天用武装などが特別に必要になる。たまたま今は真夏日続き、熱中症にも自衛しなければならない。
3.   Ⅰ、Ⅱが一人業務であり、この業務は2人業務。Ⅰは高度業務から単純業務まで多彩であったものの、ⅡとこのⅢは業務そのものは単純業務と言える。しかしこのⅢの特徴は途上の自由度がない、ということである。屋外であることと併せ、トイレなどには苦労する。
4.   Ⅰはそもそも現在のシルバーではできず、やるとしたら派遣法の基での何でも業務だったから別格として、ⅡとこのⅢとの「就業時間内での実動時間密度」の違いの大きさには目を見張る。あまり深入りすると関係先への迷惑となる可能性あってここまでとするが、シルバー受注業務も俯瞰して全体をみてみると様々な様相が窺える。
 ちなみに、時間単価は、Ⅰ~Ⅲを高・中・低であてはめると、Ⅰ:低、Ⅱ:高、Ⅲ:中である。月間配分金は、それが主目的でシルバー就業しているのではないというものの、実態は、時間数×時間単価から算出されてくるものであるが、ⅠからⅡ、そしてⅢに向かい低下している。


 観点を替えた感想。
 ①  このような仕事が、「仕事」として成り立ち得ていることはある意味悲しいことである。しかも1週間とか10日おきに、という事ではなく、原則は1日おきである。道路や公園など公共の場所でのごみ拾いなのであるが、朝、午後ともに0.5キログラムを割ったことはまだ一度もない。2キログラムを越すこともある。 
②    「美化・喫煙マナー推進員」証を胸につけているが、やっている仕事と併せ、人々は、1)「牽制」とみてごみを落とさぬよう気を付けようとなる効果、2)やってくれるのだから纏めておいて甘えよう、の2類型があるかに思える。 
 ③  ごみの種類、
 ごみばさみを使って少しかがみ拾う頻度の最大は「タバコの吸い殻」である。同時に付随してタバコの空き箱、新らしい箱を開けたことによるセロファンの小片。吸い殻は下水溝隙間から落とそうとしたその周辺のものが多い。
 そして広くは「プラ」であるが、大はコンビニで買った弁当の食べ終わった容器が購入した時の袋入りで置いてあるもの、そして、小は、菓子や飴などの中身を出して口に入れた後の小袋が非常に多い。風のある日は中身のないビニール袋も実に多い。プラではないが数の多い小ゴミとしてコンビニその他での「レシート」がある。実に多い。
 そして、次にペットボトルやビン・缶である。自動販売機で購入してその場で飲み終わらせることはまずない。飲み終わった場所にきて、さあどうしようである。あからさまなポイ捨て、ソッと申し訳なさそうに置いて行っただろうもの、事情はともかく、特に今の時期は多い。ビン・缶類は最終拾い物として重さを測る対象とせず、途中のしかるべき容器入れまでは持ち運ぶのだが、飲み残しがあったりすることも多く閉口する。 
 ただ、以上のものでは「重さ」はあまりない。重さといえば、マンガ本、雑誌である。3センチもあろうかというマンガ本が読み終わって路傍に捨ててあり、それが、雨にでも濡れていたらズシリとくる。
 その他に「捨て」でなく「落とし」ものもあろうが、私たちは区別できない。


 シルバー人材センターでは、25年度4月から2年を1期とする地域班(36だったものが今は35班)のひとつ、「保谷町2班」の班長職をやらねばならなくなっていて、29年度の交代期においても後がまが決まらず、3期目になってしまっている。班長職は以前は会員への配布物を配る、年2回の班会議を主催するなどがほぼ100%の役目だったが、私の班長時代に徐々に役割範囲が拡大している。公益社団法人に移行したことに伴いボランティア活動が増えたが、その活動への参加者の取決め(自分が出ることが多くなるが)、そして、もう一つは、市報配布を、自班内配布は自班内会員で充足させる、それをコントロールする、という業務である。
 引継時は自班内5名で行われており、そのうち3名が他班会員であった。現時点では私を含めて自班内会員5名で自班内をカバーするようにはした。しかし、特別部会がセンター内に設置されて検討していた時代(いまはほぼ目的達成で解散されている)の保谷町2班の理想的区割りは7つだった。過大な数量を余儀なくされている会員がいるということである。この課題があるのに、現実は次回市報は5人のうちのひとり分を代替しなければいけなくて自分の分を含め2地区分を上記Ⅲ業務の就業中に到着情報を受けて実施することになっている。

 また上記のほかに、委員会・部会というようなものがあり、やはり24・5年度頃から「広報部員」として広報紙シルバーニュースの作成その他もまだ続いている。

 ある意味、「暇なし」は老化防止にはなるかもしれないが、加齢「体力」には気を付けなければいけない。
 
 ともかく12年経った。

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