復活

おじんのつぶやき



  16.而今を生きる(17.06.02)

2年ほど前まではこの「つぶやき」が長く途絶えていることに対し、言い訳やら達観的な記事が旧サイト2次サイトの後半での書き出しを多く飾った。
 旧サイトを作っていた最盛期のころは、つぶやきたいテーマが常に複数あって、メモに羅列してあり、それを丹念に潰していく、そんな状態だった。
 しかし旧サイトの後半、そして2次サイト、つぶやくことへの執着もなくなったかのようである。
 それなのにこの謂わば3次サイトをまた立上げている。そしてまた長く途絶えていることに対してかつて以上に執着ないし焦りを感じない。なぜか?……、今のサイトを立ち上げた理由は次の2点と思われる。

 1.旧サイト、2次サイトという「記録」をサイトに置きたい。
 2.つぶやきたい衝動は相変わらずしょっちゅう起こる。

1.に関して最近、トップページを替え、3つのサイト扉をほぼ同じにしようかと考えている。
 3次サイトに以前の二つのサイトをぶら下げるのではなく、更新少ない現サイトも3分の1扱いに、である。
2.に関して、この「16.XXXX(年.月.日)」が過去に何回書き換えられたことか。そして数行。
 いまは取りあえず日にちは5月で、題を替えず続きを進めているが、この後の行方は保証の限りではない。

 図らずもいま私が作成・維持管理している別のある会のホームページは、「記録積み上げ方式」で作ってしまった。なにかイベントがあれば記録報告記事をアップする。まず会内全体を常に俯瞰していて、なにかイベントがあるか注視が必要になる。いわゆるマスコミ記者の如くアンテナを高く掲げている。時にそのイベントの参加者になる。こうしてこのサイトは更新頻度が非常に多い。

 一方で、個人的である「私の」このサイトはどうか。旧サイトのときは気持ちも若かったのか「つぶやき」も沸いてくる感じであったし、その他に、「それまでの」生きてきた「半生の記」記録、夫婦で全国48都道府県を走破した「ドライブ旅行」記録、会社を辞めてから、会社員時代には会社との行き来だけで全く狭視覚であったため目に入らなかったこの自分の生かされている「地域の素晴らしさの観察」記録といういわば積み上げる「記録」というネタが豊富にあった。
 いまは、これが「尽きた」と言いきれる前(今次サイト立ち上げの時は半生の記録を補完しようなどという意図さえ表現したような記憶がある)に、「そんなことを記録してどうだというんだ」という新たな顔が現れた。
 こんな風に書いてしまうともう先へ進めない。一泊置こう。一休み。また数日続くかな。パーになるかな。

………

 「記録」、自分の行動してきたことなどの記録ということならば、最近では、所属している大学同窓生会の30周年記念イベントに半年以上注力し、それが終わったとか、また別の所属している組織であるシルバー人材センターでの就業職種が替ったとか、それなりに在って、それなりにいろいろな想いもあったが、ある時期までのようにそれらを「記録」することに執着を感じなくなっている。このHPでのどこかでも書いたが、長く書き続けていた「日記」も止めているし、ある時期まで年初にその前年を総括して振り返ることをしていたことも、2次サイトの「2014年を振り返る」を最後に止めている。
 いずれ来る「死」に向かって、PERTを組み、クリティカルパスを確実に通過・こなしていく、今の私の立場はこの真反対なのだ。いつくるかもしれない「死」を意識して、いま、而今、を悔いなく精いっぱい生きる、毎日を「よかった」にする(現実は「まあいいや、良かったということにしておこう」が多いが)、こういう心境になってきているのだ。

 こういう「心境」、私にとっては会社員時代までと、まさに180度違っている。だから私は今までのサイトでも何度か、いまの人生を「第二の人生」と言っている。この大転回は、会社員時代の最後期にメンタルな病気を体験したこと、退職後に仏教の教えに触れられたことの2点の相乗効果として現在に在ると認識している。
 仏教というものは、もともと「一切皆苦」の認識、とくに「死」を冷静に意識してこそ幸せに生きられる、肚の据わった生き方ができることがわかるような、私にとっては宗教でなく、よく合点がいき共鳴できる理論なのであるが、「死」は究極であって、私のメンタルな病気にもタイミングが合致したのであろう。
 「死」を見つめてそれが充実人生をもたらすことを記した著書は数知れない(例:石毛泰道[石毛しげる名で都会議員をしている]著『光の見える死に方』、中野東禅『仏教の生き死に学』等々)。
 私は日常仏教書を多読するようになっているが、坐禅も念仏も題目もやらない。故郷の実家は神道(戸田氏松本藩は明治の廃仏毀釈で、全国でも廃寺の最も激しかった藩の一つに数えられている)で、故郷の近親者の「死」への対応はすべて神道式で経験してきており、仏教への関心は、会社を辞めて、まさにまっさらな自由な身になってからの読書の新領域として爆発的に膨らんできたものであった。

 会社員退職後の人生には、もうもちろん10数年前、辞めてまもなくのころ、会社の後輩に、「やることがなくて困らないですか、家庭ゴミ扱いされませんか」と言われたこともあり、出発点においては多少そんな不安も持ったものであったが、凡そ真反対、忙しい日常とその充実性は言いしれない想いだ。
 そこの違いは端的にいえば、「能動的 やるべきこと」と「受動的 やらなければいけないこと」。行動することに対し、その行動をする前の心の深層、唯識学的にいえば第六識の「意識」の前の第七識「末那識」、さらには第八識である「阿頼耶識」を仏教学を通して、自由に、清らかに、というまさに「深層からの健康」を方向性としているということと、汚れたとは言わないまでも自由でない固定化した「阿頼耶識」から発した行動との違いであると考えられる。

 阿頼耶識こそ「宗教」である。北朝鮮の人民、先の大戦時の我が国の「臣」民、そして、会社員時代の「会社にとって是か非か」だけに洗脳されたていた私、………。
 私も会社員時代は一人の「人間」である前に「組織の一員」「組織の歯車の一部品」、そんなことはもちろん現役時代は深層の阿頼耶識に薫重されていたもので意識のレベルになどとても現れなく知り得ないものであったが、この阿頼耶識の故に、失敗には過度に反応したり職位の重圧には常に圧し潰されたような状態が続き、メンタルな病気にも発展したものだった。
 詳細は省略するが、仏教、特に道元を通じての「正法」を勉強(もちろんいまでも、これは修行でもある)していて、「自分とは何物か」「人間いかに生きるべきか」等々、一人の「人間」に立ち戻って思考し行動できるようになった自分が居ると思えるようになってきているのである。

 卑近なことではあるが、私には、先日の、安倍昭惠氏がG7で外遊に立つ安倍首相の横でのあの笑顔が不思議であった。この人には懺悔する気持ちは持ち合わせていないのか、……。
 「私の言いたいことは『読売新聞』を見てくれ」と公に報道されているなかで、「読売新聞社」内に、体制べったりメディアに成り下がったという忸怩たる想いをなすものは居ないのか、……。
 前川前文部事務次官の件では、直後にはそこに部下たる第三者がいたのに同調するもの、あるいは内部告発する者は居ないのか、とも考えたが、すぐに「そういえば自分の会社員時代」はと思い直した。いろいろな過去の教えを受けた恩ある上司であったひとでも、ひとたび組織の外に出たひとは、もう身近な他者とさえ見ない、もう隔たった他者とみる、こういう現実を私は見てきている。「ひと」としての行動ビヘイビアよりも無意識に組織人間としてのビヘイビアを採ってしまうのだ。全く余談だが、菅官房長官に対する印象が以前とガラッと替った、これについては多言は控えよう。

……

 仏教は、老病死という個人の問題から出発している。個人のこころの救済が本義であるかもしれない。苦集滅道の真実を諦め、「自我的自己」を乗り越え「安心(あんじん)」(=幸福)を獲得していく、いろいろな煩悩はいつも身の回りにあるけれども、方向性としては、私は、念仏でも坐禅でも題目でもなく部屋内にある仏教書を再読するなどすることにより目の前は暗くはない。自利の方向性である。
 しかし、しかし、……、それが自利・利他の考え方ともちょっとニュアンスの違った、「社会」「世界」への対し方、このことが、最近の「苦」の最大のものであり、まさに「つぶやきたい」ことなのである。自利、即ち自身の「安心」も100%には達しないのである。私は、仏陀はじめ祖師方も社会性のなかで生きてこられたのだから、大なり小なり絶対に社会・世界に対して「漏尽無畏」ではありえなかったと考える。仏陀の時代のインドはカースト制があり、小王国が争っていた。道元も本意に沿わず永平から北条時頼説法の為鎌倉に行った。

 私が「苦」としてつぶやきたいことは、最近の世情から見る社会・世界のあり方への危惧である。

・ とにかく安倍政治の方向、これは絶対に是正されなければいけない
・ 世界動向、トランプ出現による世界史の流れの逆流

… … …

 半端だが、長くなった。余韻残し、題名はそのままで、日にちを今日にしてともかくアップデートしよう。 
 

TOPへ 戻る