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おじんのつぶやき



  11.道元への接近の難しさ(16.9.10)

私の旧サイトのカテゴリーとして「宗教・仏教・道元」と設けたように、私の生き着く先は「道元」であるのだが、道元への接近の難しさには常々苦労している。
 最近というか、以前からというものもあるが、道元に関係して次のようなことを感じている。

1.道元と道元禅
 道元自身は曹洞宗の高祖などという認識はもちろんないのはもとより、「禅宗」という言い方まで拒否した。しかし日本の仏教界の現状は浄土、禅、それに天台や真言や日蓮などの宗門があり、道元の法系が臨済宗に対応する「禅系」の曹洞宗であることには違いがない。そして、宗門でもまた思想家・学者でも「道元禅」という言葉は日常に使われている。「禅=坐禅」はどうしてもそのように想定してしまうものであり、現に大方に於いてはそれで間違いではないのだろう。私は坐禅にはなかなか興味が沸かず、「道元」は深淵なる関心の的なのであるが、「道元禅」と禅の字がつくと少しうろたえる。
 最近このことになんとか納得との繋ぎになりそうなほの見えたりまた消えたりで、いずれにしても確たる納得は得られていない。この辺のことがじれったく感じている。

2.道元と正法、そして原始仏教
 私が道元に親しく接する第一歩は実は『正法眼蔵随聞記』だった。これに感動して私は旧サイトに、「宗教・仏教・道元」カテゴリーを設け、「生を充実させる」(第59号)、「自己を知る」(第60号)、「卑下するな」(第61号)、「貧なるべし、執するな」(第63号)などと沢山のページ作りを進めたものだった。2006年のページだから10年前である。
 翻っていまこの手許にNHK100分で名著ブックスで『真理のことば』(佐々木閑)があってその表紙に、かつて私がしたことではあるが、「まさに正法眼蔵随聞記」と書いた付箋が貼ってある。付箋が本のなかにいっぱいあるものは書棚に珍しくないが、表紙に貼ってあるのは多分これだけだろう。自身で忘れてもいたが、武蔵野大学生涯学習講座との関係で、本シリーズ第6号でも少し触れたが、様々なひとの(ダンマパダ)『真理のことば』あるいは『法句経』あるいは『真理の花たば』を併行的に何冊か山積していた、そのうちの一冊なのである。
 章建ては、第1章:「生きることは苦である」、第2章:「恨みから離れる」、第3章:「執着を捨てる」、第4章:「正しいものの見方」で、私のページ作りのまとめ方に卑近している。
 そもそも、原始仏典は漢訳四阿含、パーリ五部といわれるように4経典群は完全ではないもののほぼ対応するのだが、ダンマパダ、スッタニパータ等は、漢訳がないパーリ五部の「小部(クッダカニカーヤ)」に属するものなのである。パーリ五部は南伝仏教が伝えていたもので、日本は専ら中国、朝鮮等を経由した仏教であったのにどうしたことか、こんなところに私は「正法」の精神は原始仏教にあり、と焦点が絞られてきた所以があると思う。

3.宗門や学者でも多様な読み方、いわんや凡夫たる我もや
 森本和夫の『正法眼蔵入門』(朝日選書)が、結局のところ「現成公案」巻についてだけの、「啓迪」(西有穆山師の『正法眼蔵啓迪』大法輪閣)と「参究」(安谷白雲『正法眼蔵参究』春秋社)を縦糸としたその他著名人の読み方、その確執についてだけ書かれたものであったことは、既に何回も触れた。
 文字に拘泥せず、見性することで直感的受動を主張する安谷、いわば鈴木大拙流の禅理解、臨済系的禅理解に対し、西洋哲学と禅、現象学と禅という、いわば筆者(フランス文学者)の立場も反映しているが、あくまでも「文字と論理」「禅を一個の思想として、また禅者を禅の思想を誠実に生きる一人の思想者として、とらえることをすすめたい」(佐橋法龍)とうような大きな流れの対峙であった。
 私としても、筆者の行論に基本的に賛成であり、安谷「参究」の、”「正法眼蔵」を思想的に研究することは、仏道からいうと虚仮な話だ。正法を体験大悟して、初めて「正法眼蔵」を味わいうるし、(後略)”にはとても賛同はし難い。

 いまここに、ひろさちやの『「道元」を読む』(佼成出版社)があり、「生死」の巻より同じ場所が3度引用されている。

 ただ、わが身をも心をもはなちわすれて、仏のいえになげいれて、仏のかたよりおこなはれて、これにしたがひもてゆくとき、ちからをもいれず、こころをもつひやさずして、生死をはなれ、仏となる。

 最初の引用個所は、「修証一如」の説明中で、”悟っているからこそ修行する、安易に坐っていればそのまま仏ということでなく、その心得として”説いた、という流れになっている。ただ、ここを読み飛ばせば、続いての解説が、”「投げ入れる」とはことばをかえれば、――おまかせする――といってもよいでしょう。”で、なんだ他力と同じではないかと捉えられかねない危険性を孕んでいる。
 二番目の引用個所は、芥川龍之介「蜘蛛の糸」的状況で、あるはずはないのだが、鎌倉時代祖師、親鸞・日蓮・道元が地獄に堕ちていたらどうするだろうかという設定において著者の考えが披露されるところである。親鸞と日蓮は昇らない、しかし道元は昇るだろうという。お釈迦さまが昇っておいでという、自分だけ救われたい想いからでなく、自らを徹底して正法を歩む弟子であろうとする、その範が人々を救う、このときの昇り方に上記が出る。
過去もみない、先の事も考えない、大切なのは「いま」、いろいろな「はからい」を全て断って。ひとによっては異論がでる余地を残している。
 三番目は、「莫妄想」「捨置記」などに触れた流れのなかである。ほとけさまの心は「わからない」のだからほとけさまに――おまかせする――ということで上記が引用される。

 『正法眼蔵』は難しい。しかしやはり理解するよう挑戦し続けることが「道元禅」の態度だと私は思う。

4.それにしても大乗へのこだわり
 このことについては手許に資料ないので感性としての感想。日本に伝わった仏教ははじめから中国経由の大乗であり、道元は、小乗というこばこそ使用しないものの、二乗、三乗は云々とか外道的に見る(いま確たる指摘できない)ことがあったように思う。しかし、道元の実践思想は、原始仏教の最も基本部分に近い。大乗仏教においては阿含経等の大乗以前の経典は重視されないのが一般である(このことについては天台智顗の五時教判の影響が大きいと増谷文雄は言っている)。
 もっともっと勉強してこの辺への納得の幅を広げたい。

5.利他との関係、出家主義
 大乗の起こりからして、その精神は「一切衆生」を救いたい「利他行」であるはずである。しかし道元は、『正法眼蔵』などの書き物はもちろ上道などを通じての法話も全て出家者に対してのものである。『正法眼蔵随聞記』においても、”学道のひとは”が多用されていて、俗人に対していない。内容は俗人たる私にも十分感ずるものであるから現在があるし、宗門人に限らず道元人気の基は「言行」にあるのであるが、親鸞や日蓮が俗との接点を大いに持ったのに対し、私にはちょっと不満でった。
 このことに対し、ちょっと「ああそういうこともあるな」という記述に巡り合った。先にも引用したひろさちや『「道元」を読む』である。少し長く引用する。
”「いまの民衆の苦悩ということは、よくわかる。しかし、大勢に布教して大衆路線をとれば正法を歪めてしまうことになる。そうなったら、正法はなくなってしまうだろう。いまの人々の救いを考える以上に、のちの人々に正法眼蔵を伝えていかなければいけない。それを伝えるのがわたしの使命だ」道元には、そういう自負がありました。”(101ページ)
”「出家しないと仏法はわからない」という「出家至上主義」を説いています。それは、道元は正法を伝えることを、徹底していたからでしょう。現実の人々を救うことに力点を置くと、現実の人々に合うように仏法を歪めてしまうことがあります。そうなると、いつしか正法が廃れてしまいます。”(192ページ)
 現代人の一宗教学者の言である。やはりもっともっと納得を得たいところである。

 山脈は険しい。登り口も多岐だ。とにかく挑戦は続けよう。
 

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