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おじんのつぶやき



  10.真言密教についての追加覚書(16.9.6)

「密教」、「空海」などは、私にとっては傍系に位置する、と先の第8号では書いたばかりで、そこでは、[仏教密教]なる『最澄と空海』(立川武蔵)から借りた新用語まで使って、宮坂宥勝そして渡辺照弘は真言宗の宗門サイドのひと、立川は仏教学者で、同じ「密教」なり「空海」を扱っていて、こうも内容に違いが出てくるものかと呆れながらも、宮坂・渡辺などの「中から詳細」に、対し「外から俯瞰的」にという私の立場を反映した観点から見てきた。『最澄と空海』が、思わぬ幸運をもたらしたことになった、とも書いたものだった。 

しかし、ここでもう、少し補遺を加えたくなった。

1.密教の位置づけについて改めて想う
 密教(タントリズム)は、仏教のみに生まれたものではなく、ヒンドゥー教、ジャイナ教においても生まれた運動である、「密教」の位置づけは、仏教と重なる部分もあるが、仏教にあらずという部分もあるということであった。ところが次のような図に出くわした。

 
ひろさちや 「道元」を読む(佼成出版社) 57ページ
 この図が上記の行論に即矛盾するということは確かに無い。

 「ひろさちや」は宗教学全般に亘る評論家であって、タントリズムとして捉えたときヒンドゥー教その他にも同要素があることは承知で、左図は「仏教」の範囲での最澄と空海の捉え方の違いを表したものだろう。

 しかし、私は、ここで一番注意しなければいけないことは、最澄・空海どちらの捉え方にしても、先の行論との関係において、「密教」なるものは「仏教外」の要素と初めから関係がある、ということだ。確かに日本の宗教事情は、仏教、儒教、道教等の外来宗教に日本古来の神道などが習合し、異様(いやこれが民衆の求めるものだったかもしれないが)な現状に至り来たっている。

 だからこそ私は、本来純粋仏教たる道元の「正法」追求、それから原始仏教に惹かれる。

2.西東京市の寺院、それから神仏分離・廃仏棄釈などについて
 西東京市内の寺院としては「真言宗」が目につく。下保谷域は白子川を遡った日蓮宗圏で、福泉寺を含めて第1回歴史散歩は「日蓮宗下保谷村を歩く」と名打って行われた。そして第2回は「上保谷四軒寺を歩く」で如意輪寺、宝樹院、宝晃院、東禅寺等をあるいたが、東禅寺のみ曹洞宗、あと3寺は真言宗なのである。4回時の観音寺、総持寺ともに真言宗である。
 近隣に浄土真宗のお寺があることは承知しているが、あまりお寺としての体をしておらず在俗的である。
 一般論として中国でも唐末ころから浄土か禅か、になっていたようだが、現在の日本においても浄土系か禅系が主というなかで、何故この地は真言密教寺院が多いのか?研究対象である。
 神仏分離・廃仏棄釈については、2点に言及したい。
 ひとつは「この地」、確かに田無神社にあった「尉殿大権現神号額」が別当寺であった総持寺にある、天神社中心に祭られた「木彫彩色三十番神神像」が福泉寺に移されている、等あるが、当の総持寺や福泉寺はじめこの地の「お寺」は廃仏棄釈の影響は受けなかったのだろうか?破壊的なことはなかったのであろうか?研究対象である。
 二つ目は、別のところにも書いたが、私の故郷は完全に「神道圏」一色である。古老などに聞くと、神仏分離・廃仏棄釈の影響だろうという。古老といえども明治初期にはまだ居なかったひとたちばかりである。私は明治のこの「神仏分離・廃仏棄釈」の影響は、時の様々な状況により地域的にもかなり違った結果を残したと考えた。研究対象である。

3.真言宗の密教的要素の実際を確認したいものだ
 真言密教の要素は非常に多岐で、だから私は宮坂の本を、知が必要な時の「辞書的」に使おうと以前書いた。
「真言」「曼荼羅」「加持祈祷」「梵字」・・・・・・。
 私は会社員時代の後半の方で子会社に移籍して総務全般に亘る範囲を管掌するようになったことがあった。その時代の正月、「安全祈願」ということで成田山新勝寺に行った。例年のことだったようだが、部下が「お護摩が云々」といっていたその異様な光景を見たことがある。加持祈祷なのだろう。
 お墓詣りに行くと、墓石の後ろに板製卒塔婆が何枚も並んでいて、なにか不思議な字で書いてあるのを見る。梵字(サンスクリット)である。仏教には大乗になってから如来のほかに菩薩、さらに明王だの天部だの膨大な数の諸尊が生み出された。それら一つ一つも梵字の種子であらわされるようだ。
 四国八十八か所はじめ札所めぐりの案内書などをみると、「なにやらかんやらそわか」というような呪文のようなものが各寺ごとにあるようなことが書いてある。「真言」なのだろう。
 それに「曼荼羅」、実際あるものをみて解説できたら博学者疑いなしである。金剛界、胎蔵界、それすら「これはこうだ」というのは辞書的アンチョコなしには言えない。

 本来は空海の思想体系の中から自然に出てくるものなのであろうが、我々、少なくとも私には断片的知識として接しているだけで、いわんや信心など起こりようがない。浄土系においても「妙好人」などとただ信ずることだけを崇めることをみるが、例えば「四国八十八か所札所廻り」をしている人たちが、どれだけ弘法大師空海、及びその思想を知っておこなっていることだろう。

 ともあれこのような、私にとっては傍系に位置する真言密教の寺院が身近にあるのである。いずれのときにか上記の知識を確認する機会を得たいものである。 

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