半生の一こま


真一兄作成図による旧家の思い出ーT(16.8.3)

 いやはや恐れ入りました。
 真一兄からは10年弱前に旧家屋敷全体図をエクセルで描いたものをメールで頂いていたのに何代かパソコンの変遷を経て見当たらなくなっていたので、「もし有ったら」、程度のメールをしていたら、「見つからない」という返信まではいただいていたが、今回突然、「今一度作ってみた」と送ってくださったのは、以前のものに増して、微に入り細に及び、かつ、全体図のみでなく、母屋、蚕室、牛小屋、土蔵などにまで及ぶもの。
 まさに工業高校出の理系ならではの出来栄えで、とても私になど考えも及ばない。
 早速に「使わせていただく」と返信した。

 それぞれの図から思いだされることはいっぱいあり、とても1回で終わらせられないだろう。数回に分けてみようと思う。

 まず屋敷全体図からみよう。この「半生の整理」の第1号と対比してみるとよいと思う。


 とにかく見入ってしまうばかりだ。
 各建物については別図を作ってくれてあるので、周りについてのコメント。

 土蔵前の空き地で糸巻きボールを使って野球をやった。まさに幼児だった。公式の野球だったら蚕室との境の大ヒノキから土蔵前まででも投手・捕手間距離にならない。兄たちのそんな遊びを見ながら玄関のところでバット用丸太のうえでゴロゴロやっていて玄関桟にまともにアゴを落とし大けがをした。朧な思い出である。
 前回のものもそうであったが、樹の名前まで入っている。前庭の個々については記憶は朧だが、その他のポイントの樹はみな懐かしい。裏の、まもなくなくしてしまったリンゴの樹、その配列、土蔵裏のまだ他家に分譲する前の桑畑、そして母屋裏のカキ、ウメ、クス、エノキ、藤野(ふじや)の方へ行く道、・・・・・・・。
 川の様子、大川の方までは書けなかったようだが、中島の2本のクルミの樹、クリの大木・・・・、おがわの橋を渡り1本のクルミの樹の横をそのまま下って大川端にある「井戸」は延長的にすぐに浮かんでくる。
 ちなみに、真一兄は「ミメゾ」としている樹は私は「ミネゾ」と認識していた。小さい赤い実を食べ散らかしたこともあった。くり、くるみ、そしてかきに比べ、リンゴ、サクランボはあまり良いものはならなかった。
 小景色で私が思いだされるのは蚕室南壁際の「アサ」、藤野との南東角のウメの樹の横の「ウド」などである。

 みんな懐かしい。しかし、前にも書いたが、姪・甥は知らない世界、そして親たちもいまや居ない。一角は欠けたが、我ら兄弟しか共有できない。まさにHPなどに載せる対象ではなく、私の自己満足の代物だ。   
  
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